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動画教材公開のお知らせ
この動画は、長崎大学核兵器廃絶研究センター(RECNA)主催による被爆75年記念特別シンポジウム「平和・軍縮教育の新たな展開~核兵器禁止条約の時代を見据えて」(2020年11月25日)における山極壽一氏(京都大学前総長)による特別講演「暴力と戦争の由来:ゴリラの視点から人類の進化を考える」を編集したものです。
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講師: 山極 壽一 氏(京都大学前総長)
<プロフィール>
1952年、東京生まれ。京都大学大学院博士課程単位取得退学、理学博士。現在、日本モンキーセンター博物館長。第26代京都大学総長、国立大学協会会長、日本学術会議会長、日本霊長類学会会長、国際霊長類学会会長を歴任、専攻は霊長類社会生態学、人類進化論。アフリカ各地でゴリラの行動や生態をもとに初期人類の生活を復元し、人類に特有な社会特徴の由来を探っている。主な著書に、『暴力はどこからきたか』(2007年、NHK出版)、『家族進化論』(2012年、東京大学出版会)、『「サル化」する人間社会』(2014年、集英社)、『ゴリラからの警告-人間社会、ここがおかしい』(2018年、毎日新聞出版)、『スマホを捨てたい子どもたち』(2020年、ポプラ社)、『人生で大事なことはみんなゴリラから教わった』(2020年、家の光協会)など。
英語版は こちら
平素より核兵器廃絶研究センターのウェブサイトを閲覧いただきまして誠にありがとうございます。
この度、下記日程におきましてサーバーのメンテナンスを実施させていただきます。
メンテナンス実施の間は、一時、RECNAウェブサイトを閲覧できなくなることがあります。
ご迷惑をおかけしますが、どうぞ、よろしくお願いいたします。
【実施日時】
日 程: 2021年3月18日( 木 )
時 間: 15:00~16:00
南北朝鮮間の「ホットライン」:限界と将来への課題
2021年3月6日改訂
Seung-chan Boo
Chung-in Moon
(要旨)
朝鮮戦争は、70年以上も継続している世界でも最も長期化している戦争の一つだ。高い緊張状態にあっても、南北朝鮮間には長い間コミュニケーションの窓口がなかった。1971年9月22日、板門店にようやく最初の南北間ホットラインが設置されたのが最初であった。朝鮮解放後の1945年8月26日、旧ソ連によりソウル市と海州(ヘジュ)市との電話回線が切断されて以来のことであった。1971年に始まって、南北朝鮮間では50もの連絡網が設置された。その中には、南北朝鮮のリーダー間のホットライン、軍部や諜報部門間のホットラインも含まれていた。しかし、北朝鮮が国連司令軍とのホットライン以外の回線をすべて突然遮断してしまったため、韓国との直接の連絡が取れない状況となっている。それにもかかわらず、ホットラインの存在は、南北朝鮮間の連絡を改善し、信頼を醸成する手段として有用な手段として機能してきた。政府高官を含む南北間の対話、交流、協力を促進し、人道的支援も促進してきた。また、良いタイミングでの連絡を通じて、偶発的な軍事衝突を防いだりする際にも効果的な手段として機能してきた。本論文は、南北間のホットラインについて、その歴史を振り返るとともに、現状の限界点と今後の課題について分析したものである。
キーワード: 朝鮮戦争、信頼醸成措置、南北朝鮮間ホットライン、Cata-link
著者紹介: Seung-Chan Boo氏は、現在韓国国防省広報官であるが、本ペーパーについては、延世大学北朝鮮研究所の研究員として、国防省に赴任する前にMoon教授と共同で執筆したものである。Chung-in Moon教授は延世大学政治学科名誉教授。現在、韓国文大統領外交・国家安全保障特別顧問を兼務。アジア太平洋核不拡散・軍縮リーダーズネットワーク(APLN)共同議長。
なお、本ペーパーは、2020年8月にノーチラス研究所及び安全保障と技術研究所(IST)が共催したワークショップのために用意された論文をノーチラス研究所の了解を得て転載したものである。
英語版のみとなりますが、全文(PDF)は こちら からご覧いただけます。
It is published simultaneously by RECNA-Nagasaki University, Asia Pacific Leadership Network for Nuclear Non-proliferation and Disarmament (APLN), and Nautilus Institute and is published under a 4.0 International Creative Commons License the terms of which are found here.
The DPRK’s Covid-19 Outbreak and its Response
SHIN, Young-jeon
A Working Paper presented to
The 75th Anniversary Nagasaki Nuclear-Pandemic Nexus Scenario Project
Shin, Young-jeon, is a professor at the Department of Preventive Medicine at Hanyang University School of Medicine, Seoul Korea. He is the Chief Editor of Health and Social Welfare Review and a Board Member of the Academy of Critical Health Policy and the Korean Association of Preventive Medicine.
On January 25, 2020, the DPRK shut down its border, switched to a state-run emergency quarantine system, organized a pan-ministerial organization, the Central People’s Committee for Health (CPCH), and established emergency command centers for epidemic response (ECCER) in provincial, county, and Ri-levels. Until now, it has continued to take the strongest Covid-19 quarantine measures in the world, including restricting cross border and regional movement.
The DPRK responded swiftly and strongly to past major outbreaks such as SARS (2002-2003), measles (2006-2007), swine flu (2009-2010), Ebola (2013-14), and MERS (2015), as well as the periodic outbreak of typhoid fever, cholera, etc. In response to the coronavirus outbreak, the DPRK drew on its experience to implement aggressive measures such as border blocking, strengthening disinfection, and quarantine, as in response to past large-scale epidemic threats.
Keywords
Covid-19 response, DPRK, South Korea, China, Inter-Korean relations, quarantine, case-surveillance, food security
Full text (PDF) is here.