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核不拡散条約(NPT)50年の節目:再検討会議延期を受けて
RECNA
2020年4月3日

 2020年4月27日から5月22日まで開催される予定であった、核不拡散条約(NPT)再検討会議が、新型コロナウィルス感染症拡大をうけて最長来年4月までの延期が決定された。RECNAとしては、延期を踏まえたうえで、NPT発効50年、被爆75年という節目の年を迎えたNPT体制について、現状の課題と展望をわかりやすくまとめた。

 


 

1. NPT50年とコロナウィルス危機・・・吉田 文彦

 1970年に発効した核不拡散条約(NPT)は、核廃絶という最終目標を達成するために、「不平等な策」と「平等な策」を組み合わせる特殊な条約となった。あれから半世紀がたち、「不平等な策」への不満が強まり、「平等な策」さえも裏目に出ている。
 「不平等な策」の際たるものは、すでに核武装していた米国、ソ連(ロシア)、英国、フランス、中国のみをNPT上の「核兵器国」として、すくなくとも一定期間は「公認」したことだ。その一方で、その他の諸国は「非核兵器国」としてNPTに加わることを求める不平等条約である。それでも多くの諸国がNPTに入り、留まってきたのは、核拡散を防ぐことの意義を共有したのと、「公認」核兵器国も軍縮を進めて核廃絶という最終目標に近づいて行けるとの期待があったからだ。だが現在の米中ロによる核開発競争、なかんずく「使える核」への傾斜は不平等を上乗せするような悪弊であり、NPTへの期待感を大いに裏切っている。
 不平等条約に平等感を持たせる策とは何だったのか。非核の選択をする見返りに、原子力平和利用の「奪い得ない権利」をすべての締約国に認めたことだ。だが、その権利を逆手にとるようにイランがウラン濃縮施設廃棄に難色をしめしている。日本が濃縮施設を持ち、使用済み核燃料再処理施設の保有に固執できるのも、韓国が再処理施設保有を望むのも、この権利が根底にあるからだ1。しかしながら、この平等性が核拡散リスクとなっているのが、NPT発効から50年目の現実である。核拡散リスクがある限り、「公認」核兵器国は核を手放さないだろう。平等性を約束したことが今、核廃絶へのハードルを高くするという逆説的な状況に直面している。
 50年経ってもNPTに背を向け続けるインド、パキスタン、イスラエルの問題も深刻だ。核実験した印パは名実ともに、事実上の核武装国であるイスラエルは実質的にNPT外の核武装国となった。NPT脱退を表明した北朝鮮は核実験を繰り返した。NPTが防げなかったこうした核拡散事態の続出を受けて、一部のNPT非核兵器国の間で「結局、核は持った者勝ちではないか」との不平等感が強まりかねない。
 不平等条約が安定的に半永久的に持続可能とは考えにくい。不平等を補う平等化措置が裏目に出ているのであれば、それは悪平等なのではないかとの自問も強めるべきだろう。NPT外で核武装した諸国が、地上で最も核戦争の危険を抱える地域を作ってしまっていることをどう考え、どのように対応していけばいいのか。
 ボーダレスなコロナウィルス危機は、グローバルなリスクに楽観的な態度を決め込んでいると、いったんリスクが現実の危機に転じた時に、手に負えない事態へと急速に転げ落ちる恐ろしさを私たちに教えた。5年に一度のNPT再検討会議が延期されたが、会議が始まるまでの時間を有効に活用して、冷静にNPTの意義と限界の再検討を行い、核使用のリスクを大幅に削減しながら、核廃絶に進んでいく方策を真剣に模索すべきである。NPTはそれほどに重要な条約である。

 

2. 核軍縮をめぐる課題と展望・・・中村 桂子

 NPT三本柱の一つである「核軍縮」をめぐっては、各国間の溝が深まり、世界の二極化が加速しているという主張がある。とりわけ5つの核兵器国は、そうした溝を生み出している要因が2017年に国連で採択された「核兵器禁止条約(TPNW)」にあると批判を強めてきた。
 確かに、核兵器国並びに「核の傘」依存国と、核兵器に依存しない政策をとる国々との溝は深まっている。しかし、両者の溝はTPNWの誕生以前から存在していた。そして、その溝をさらに広げてきたのは、核兵器の近代化を推し進め、核軍縮・軍備管理条約崩壊の瀬戸際に立つなど、NPT第6条の核軍縮義務及びその他のNPT合意に背を向け続けてきた核兵器国自身に他ならない。TPNWの存在は、いわばリトマス試験紙のように、結果的にそうした二極化が進んだ世界の現状を可視化させているに過ぎないことを私たちはまず認識すべきである。
 1995年再検討・延長会議の「核不拡散及び軍縮の原則と目標」、2000年再検討会議の核兵器廃絶への「明確な約束」を含む13項目の実際的措置、2010年再検討会議の64項目の「行動計画」――。これらの合意文書を通じて、すべてのNPT締約国は、条約に内在する不平等性を緩和し、不拡散とともに核軍縮を前進させることで条約の安定性や信頼性を強化する道を探ってきた。これらのコミットメントは現在も有効であり、すべてのNPT締約国はその前進を図る義務を負っている。
 しかし、米国が2018年に打ち出した「核軍縮のための環境作り(CEND)」イニシアティブは、これらの合意や約束を反故にする可能性が出てきた。CENDは、現在の国際環境下では核軍縮を進めること自体が不可能であり、まずはそれが実現できるような環境を整えるべき、という主張だ。しかしこうした動きに対しては、「幻想の環境をめざして、虹や蝶々、ユニコーンを追いかけている」と評したタリク・ラウフ元国際原子力機関(IAEA)検証安全保障政策課長のように2、多くの専門家や非核兵器国が、核軍縮をやらないための「言い訳」に過ぎない、と厳しい批判の目を向けている。過去の約束が今後も反故にされ続ければ、NPT体制に対する信頼感はますます揺らぐであろう。イランのように条約脱退を促す国内議論が高まる国が出てくる可能性も否定できない。
 一方、核軍縮への後押しとなることを期待されているTPNWは、2020年3月末現在で81カ国が署名、36カ国が批准を済ませ、発効要件の50カ国批准まであと14カ国となった。コロナウィルスの影響で署名・批准の動きが鈍る可能性はあるが、いずれにしても発効は時間の問題と考えられる。発効後一年以内に開催される締約国会議を視野に、NPTとTPNWの両プロセスが並走する今後の世界に向け、各国も、そして市民社会も、新たな戦略を真剣に考えていくべきタイミングが来ているのではないか。
 また、過去5年間、深まる溝の「橋渡し」を標榜した動きも見られた。例えば、スウェーデン政府は、民間シンクタンクとの協力の下、核軍縮の行き詰まり打開を目指した「ステッピング・ストーン(踏み石)」アプローチを提唱した。また、日本政府は「核軍縮の実質的な進展のための賢人会議」を立ち上げ、賢人会議は2019年10月に5回にわたる会合の議論の総括として「議長レポート」を政府に提出した3。しかし、これらの動きがどのように具体的な現状打開に繋がっていくのかの道筋は見えていない。むしろ、TPNW発効後の国際世論において、これらTPNW非支持の国々の立ち位置は一層難しく、悩ましいものになっていくと考えられる。とりわけ、「唯一の戦争被爆国」でありながら核抑止に依存する日本の姿勢は、核兵器の非正当化を訴える国際世論とますます乖離し、混迷を深めていくと思われる。

 

3. 核兵器不拡散と地域問題:その現状と展望・・・広瀬 訓

 NPTの最大の目的は核兵器の不拡散であるが、核兵器の不拡散を取り巻く国際情勢には大きな変化があり、「核兵器の不拡散」の意味と位置づけをここで一度見直すことが必要である。
 不拡散という観点からすれば、NPT発効からの50年は、概ねその目的は達成されてきたと言える。NPT締約国の非核兵器国が条約に違反して核兵器を保有するに至った事例は無いからである。ただし、NPTの枠外で新たに核兵器を開発、保有するに至った国がなかったわけではない。イスラエル、インド、パキスタンはNPTに加わらず核兵器を開発し、また北朝鮮はNPT脱退を宣言し、核実験を続けた。これらNPTの非締約国や脱退国に対し、NPT体制は十分な対応をしてきたとは言えないだろう。一部の国は、米国によるイスラエル支援や米印原子力協定の締結を例に、NPT非加盟の核保有国がむしろ国際的に大きな利益を得ているとして、現状に不満を表明している。こういった不満に適切に対処しなければ、いずれ北朝鮮に続いてNPTを脱退し、核兵器の開発に乗り出す国が出てこないとも限らない。そういった観点からも、北朝鮮(朝鮮半島)の非核化交渉をNPTにおいても支援することが重要だ。
 次にここ数年、「核兵器の不拡散」の具体的な内容をめぐり、核兵器国間での意見の対立が表面化してきたことがある。具体的には米国が一部のNATO諸国に自国の核兵器を配備し、NATO諸国と共同で運用するという「核シェアリング」の問題である。この問題はNPTの交渉時に、米ソの間で、NPTの規定には抵触しないという了解が成立していたとされている。それは当時の冷戦という状況と、核兵器の拡散を早期に防止する必要があるという米ソ間の共通の利害が生み出した妥協の結果であった。しかし、非同盟諸国は、米国の核兵器が非核兵器国であるNATO諸国に配備され、NATO諸国が使用にも関与することはNPT違反であるとの懸念を度々表明してきた。中国やロシアも同様の批判を行うようになった。この背景には、冷戦時代と違い、ロシアには国外に核兵器を配備する可能性がほぼ無くなったこと、中国には核兵器を配備するような同盟国が無いことを踏まえての米国の戦略に対する牽制という側面があると言えるだろう。結果としてこの対立は、核不拡散に関しても議論が困難になる可能性を含むものである。今後はこの意見の対立がNPT再検討プロセス自体を麻痺させる理由とならないように注意を払う必要があるだろう。
 もう一つの深刻な問題は、2015年の再検討会議の決裂の直接の原因となった中東問題である。2019年11月に国連総会決議に基づいて初めて中東非大量破壊兵器地帯に関する国際会議が開催されたが、当然ながら、開催に反対していた米国とイスラエルは不参加であった。初めて開催されたことは一つの前進であるが、当面具体的な成果は望めないであろう。重要なのは、この問題がNPTの足かせにならないようにするには、どうしたら良いのかを考えることである。元より中東の安全保障の問題をNPTの枠内で解決しようとすること自体が現実的でないと言うべきだろう。中東非大量破壊兵器地帯構想は、1995年のNPT延長会議の際に、無期限延長への支持を確保するための妥協として抱き合わせで提案されたと言っても過言ではない。中東問題については、NPTでの実質的な協議は棚上げし、例えば国連や関連諸国に交渉を集約し、NPT再検討会議ではそれを支持するという態度を表明する程度に止める案も考えられる。中東問題が理由でNPT再検討プロセス全体が停滞するような事態は決して望ましいことではない。イラン核合意の意義や重要性はこういった観点からも十分に理解されるべきであり、NPTにおいてもその維持に全力を尽くすべきだ。
 コロナウィルスの感染拡大によりNPT再検討会議が延期になったことは予想外ではあったが、特に中東問題に関しては、再検討会議前に第二回の会合が開催される可能性も出てきた。間際になっての議長の交代で事前の準備不足も懸念される中、開催の延期によって得られた時間を各国が有効に活用することを期待したい。

 

4. NPT50年:原子力平和利用と核拡散問題の課題と展望・・・鈴木 達治郎

 NPT50年という節目に、核拡散問題と原子力平和利用の問題について、何が課題で、今後どのような展望をもつべきか。その要点をまとめてみた。
 第1に、NPT発足当時と比べ、原子力発電の魅力は大幅に減少しているという事実だ。福島原発事故以降、原子力発電の競争力が衰え、安全性や廃棄物処分に対する不安が増大している点が大きい。したがって、「飴」(動機付け)としての原子力発電はその魅力を失いつつある。
 第2に、一方で、北朝鮮やイラン問題が示唆するのは、大規模な原子力発電計画を持たなくても、核兵器を所有するには十分な技術を確保することができるという事実だ。言い換えれば、核物質を生産することのできる「ウラン濃縮」と「再処理」技術こそが、原子力平和利用と核拡散をつなぐ接点であり、その拡散を防ぐことが最も重要な課題なのである。原子力平和利用の権利を認めつつ、どのようにして、「ウラン濃縮」と「再処理」の技術拡散を防ぐか。これが大きな課題として浮かび上がる。
 第3に、上記とも関連するが、平和利用から回収される「核物質」(特にプルトニウム)が増加している、という事実だ。世界の分離プルトニウム在庫量は、2017年末で523トン、長崎原爆に換算すると87,000発以上にもなる。その7割(370トン)を占めるのが非軍事用で、しかもその中でも増加分のほとんどは平和利用の使用済み燃料から再処理で回収されたプルトニウムである。この在庫量を安全に管理し、少しでも減らしていくことが最も重要な課題である。
 第4に、サイバーやドローンといった、新技術により、核関連施設の防護対策(核セキュリティ)がますます困難になってきているという事実だ。これは、原子力発電所のみならず、核燃料施設や研究施設でも同様に対策が必要だ。
 以上の4点を考えれば、NPTと原子力平和利用の関係は、50年前と大きく異なっていることが明白だ。原子力平和利用についてNPT第4条は「奪いえない権利」を保証しており、それを否定することはできない。新たな課題を解決するには、NPTの精神にのっとって、国際社会が協力して対応していくことが求められる。そのためにも、NPT体制の維持に満足することなく、新たな脅威に対応する国際的枠組みの在り方を検討していくことが必要である。これらの対策は、NPT体制の枠だけでは議論できない面もあるが、NPT再検討会議の場で、しっかりと問題提起をし、国際協力にむけての共通意識を高めていくことが有効だと考える。

 


1 ウラン濃縮施設は核兵器の材料となる高濃縮ウランを製造可能。再処理施設では、核兵器の材料となるプルトニウムの取り出しが可能。

2 Tariq Rauf, “The NPT at 50: Perish or Survive?”, Arms Control Today, March 2020

3 核軍縮の実質的な進展のための賢人会議「議長レポート」2019年10月21日提出。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press4_007939.html

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