核分裂性物質の解説
(1)ウラン濃縮と再処理
核兵器に利用可能な核物質を手に入れるためには、ウラン濃縮または再処理技術・施設が必要となる。原子力発電でも、「核燃料サイクル」施設として、これらの2施設を所有することがある。たとえ小規模であっても核燃料サイクル施設を所有することは、軍事利用可能な核物質を生産する能力を保有することになるので、核拡散リスクは大幅に増加する。したがって、核拡散リスクを考える上では、原子炉そのものよりも核燃料サイクル(濃縮と再処理)技術及び施設(これらを「機微な技術・施設(sensitive technology・facility)」と呼ぶ)の拡散防止が最も重要と考えられている。
ウラン濃縮には数種類の方法がある。ガス拡散法は軍事用に開発され、現在も工業的に大規模に使用されているが、大量のエネルギーを必要としており、最近は老朽化も進んで生産量が低下しつつある。一方で、新規のウラン濃縮施設では使用電力が少なく分離能力の高い遠心分離法が採用されている。遠心分離技術は小規模な投資で設置が可能であり、生産能力の拡大も短期的に可能とされている。当面のウラン濃縮市場では遠心分離技術が中心となると考えられる。その他に、実用化はされていないが、ウラン235原子のレーザー選択励起反応を用いるレーザー分離法、核拡散防止に優れているとされている化学交換分離法がある。
(2)ウラン濃縮の現状
世界の大型ウラン濃縮工場の現状を見ると、5大核保有国すべての軍事用施設はすでに生産を停止しているが、核実験を行ったインド、パキスタンの軍事用施設は現在も運転中である。また民生用としてはフランス、ドイツ、オランダ、ロシア、英国、中国、日本、米国に施設が存在しており、今後は、ブラジル、イラン等が新しく参入しようとしている。米国も新たに民生用施設を建設する計画をもっている。
濃縮施設は小型で低濃縮ウラン用として完成しても、いったん完成すればHEU生産は技術的に容易である。例えば、100万キロワット級原子力発電所1年分の濃縮ウラン供給能力(年間130トン)をもつ遠心分離施設を考える場合、廃棄濃度を通常の0.2%から0.65%に変更すれば、150トンの天然ウランを用いて、93%の高濃縮ウラン100キログラム(原爆4個分相当)が1年で製造可能である。また、4%の低濃縮ウラン20トンを用いて廃棄濃度を3.55%にすれば、わずか8日で93%の高濃縮ウラン100キログラムが製造できる。 ただし、技術的には容易であるが、IAEAによる保障措置が入っていると転用は容易ではない。
(3)再処理の現状
再処理とは、使用済核燃料からウランと核分裂生成物(fission products)を取り除き、プルトニウムを抽出する方法をいう。現在、化学的にプルトニウムを溶媒抽出するピューレックス(PUREX)法が主として商業用で使われている。プルトニウムは原子炉の運転条件によって同位体の組成が変化するが、原子力発電所の使用済燃料から回収されるプルトニウム239の割合が60%程度のものを特に原子炉級プルトニウムといい、90%以上の核兵器級プルトニウムと区別される 。原子炉級プルトニウムは、早期爆発の可能性の高さ、発熱量の大きさなどから核兵器には使いづらく、核兵器製造には「適さない」という意見があるが、これは正確ではない 。例えばアメリカ・エネルギー省(1997)の報告では「原子炉級プルトニウムでもより高度の設計技術を用いればより高度の破壊力を持つものが生産可能である」と示されている。
プルトニウムは使用済み燃料に閉じ込められている間は、致死量の放射線を浴びる危険性があり、人間がアクセスすることが難しいため、軍事利用のリスクは少ない。しかし、いったん分離されると、放射線レベルは低く、簡単に容器に入れて持ち運びが可能となるため、軍事利用のリスクは飛躍的に高まる。したがって再処理による分離プルトニウムの保有量が核不拡散・核セキュリティの観点からは極めて重要となる。
世界の軍事用再処理施設は、5大核保有国はすべて再処理工場を閉鎖しているが、インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮が小規模ながら軍事用再処理施設を所有している。大型民生用再処理施設の現状を見ると、核保有国では英国、ロシア、フランスが所有しており、今後、中国がフランスから商業規模施設の輸入計画がある。非核保有国ではドイツ、ベルギーなどが研究用施設を所有していたが、現在は、日本のみが民生用(商業用)大型施設を所有(現在許認可申請中)している。