【概要】
パキスタンは、核不拡散条約（NPT）体制の枠外で核兵器保有を続ける国の一つである。隣国インドとの間ではカシミールの領有権等をめぐる対立が続いており、パキスタンの核兵器保有は通常戦力で優位に立つインドへの対抗措置としての意味合いが強い。
2021年3月時点のパキスタンの保有核弾頭総数は推定165発である（Kristensen, Hans M. & Korda, Matt 2021）。その数はさらなる増加傾向にある。増加のペースに関しては様々な見解があるが、2025年に220～250発に達するとの見通しもある（Kristensen, Hans M.. Norris, Robert S. & Diamond, Julia 2018）。
核兵器の材料となる核分裂性物質の生産能力も拡大していると見られている。2020年初頭現在で、約410kgの兵器級プルトニウムと約3,900kgの高濃縮ウラン(HEU)を保有していると推定される（International Panel on Fissile Materials 2021）。技術レベルなどにも影響されるが、核爆弾1発の製造には12–18kgのHEUあるいは4–6kgのプルトニウムが必要であることから、パキスタンは312–428発の核爆弾に相当する核分裂性物質を保有していることになる。しかし技術力が高ければ、2–4kgのプルトニウムで核爆弾1発の製造が可能ともいわれており（Union of Concerned Scientists 2009）、その場合、パキスタンが保有する核分裂性物質は、最大で核弾頭530発に相当する量となる。Kristensen & Norris はパキスタンが保有する兵器級の濃縮ウランやプルトニウムのすべてを弾頭化していないとし、また、核搭載可能な運搬手段に関する情報等を勘案し、核弾頭数を推定している。また、弾頭は配備されておらず、中央貯蔵施設に置かれているとみられる（Kristensen, Hans M. & Korda, Matt 2021）。
パキスタンは核弾頭搭載可能な運搬手段の開発ならびに配備にも邁進している。開発においては中国から技術支援を受けたことや、イランや北朝鮮の協力があったことが明らかになっている（Missile Defense Project 2021）。現在、パキスタンは核弾頭搭載可能とみられる地上発射の弾道ミサイルを8種類（短距離5種類、準中距離3種類）配備し、1種類の準中距離弾道ミサイルを開発中と見られる。さらに核／非核弾頭搭載可能な巡航ミサイルの開発も精力的に続けている。すでに陸上発射型のバブール 1 が配備されており、これを基に射程を伸ばした対地／対艦用巡航ミサイルのテストが繰り返されている。さらに、パキスタンは潜水艦発射型巡航ミサイルを開発することで核の三本柱を獲得し、第二撃（報復）能力を確実なものにしようとしている。
NPT枠外の核保有国の中でも、パキスタンは突出して非戦略（戦術）核兵器の開発に力を入れている国である。これは、インドが掲げる「コールド・スタート・ドクトリン」（国境近くに戦車部隊を配置し、必要時に即実施可能な反撃を行うインド軍の戦略）への対抗を主目的に（Kristensen, Hans M. & Korda, Matt 2019）、「いかなる形態の攻撃にも対応する『フルスペクトラムの抑止能力』」（ISPR 2017-2）の確立を狙ったものである。 なかでも、「ナスル」は、他に例を見ないわずか60～70㎞の射程距離を持つ短距離弾道ミサイルであり、インドの戦車部隊の侵攻を防ぐ目的で、戦場で核兵器を使用することを念頭においた兵器とみられている（Kristensen, Hans M. & Korda, Matt 2019）。
| 赤数字は昨年から変更があった弾頭数です。 | 2021.6.1現在 |
| ●核弾頭保有数 | 165 | ||||
| ●運搬手段 1) |
| 名称 | ミサイル／爆弾 | 一つあたりの弾頭数 | 核弾頭数 | 射程(km) | ペイロード(kg) | 配備年 | 備考 | |
地上発射弾道ミサイル | アブダリ（別名：ハトフ 2） | 10 | 1 | 10 | 200 | 200-400 | 2015 | 2) |
| ガズナビ（別名：ハトフ 3） | 16 | 1 | 16 | 300 | 500 | 2004 | 3) | |
| シャヒーン 1（別名：ハトフ 4） | 16 | 1 | 16 | 750 | 750-900 | 2003 | 4) | |
| シャヒーン 1A（別名：ハトフ 4） | ? | 1 | ? | 900 | 1,000 | 2020? | 5) | |
| ガウリ（別名：ハトフ 5） | 24 | 1 | 24 | 1,250 | 700-1,000 | 2003 | 6) | |
| シャヒーン 2（別名：ハトフ 6） | 18 | 1 | 18 | 2,000 | 〜1,000 | 2014 | 7) | |
| シャヒーン 3 | (4) | 1 | (4) | 2,750 | 〜700-1,000 | 2022? | 8) | |
| ナスル（別名：ハトフ 9） | 24 | 1 | 24 | 60-70 | 400 | 2013 | 9) | |
| アバビール | ? | 複数 | ? | 2,200 | ? | 開発中 | 10) | |
| 地上発射弾道ミサイル合計 | 112 | |||||||
地上発射巡航ミサイル | バブール 1/1A（別名：ハトフ 7） | 12 | 1 | 12 | 350 | 400-500 | 2014 | 11) |
| バブール 2/1B | ? | 1 | ? | 700 | ? | 開発中 | 12) | |
| 地上発射巡航ミサイル合計 | 12 | |||||||
潜水艦発射巡航ミサイル | バブール 3 | ? | 1 | ? | 450 | ? | 開発中 | 13) |
| 潜水艦発射巡航ミサイル合計 | ||||||||
航空機搭載爆弾 | 搭載機：F-16A/B | ? | 1 | ? | 1,600 | 4,500 | 1998 | 14) |
| 搭載機：ミラージュ III/V | 36 | 1 | 36 | 2,100 | 4,000 | 1998 | 15) | |
| 航空機搭載爆弾合計 | 36 | |||||||
空中発射巡航ミサイル | ラ・アド（別名：ハトフ 8） | (5) | 1 | (5) | 350 | 〜400 | 2019? | 16) |
| ラ・アド 2 | ? | 1 | ? | >350 | 〜400 | ? | 17) | |
| 空中発射巡航ミサイル合計 | (5) |
【脚注】
1)ミサイル／爆弾、核弾頭数、核弾頭の爆発威力、運搬手段の射程、配備年はKristensen, Hans M. & Kile, Shannon N. 2020を参考にした。ペイロードの出典は Schell, Phillip Patton, Kile, Shannon N. & Kristensen, Hans M. 2015。
2)短距離弾道ミサイル（SRBM）。一段式。道路移動式。固体燃料。核弾頭の威力は5－12キロトン。最新の発射テストは2013年2月15日（The Nation 2013）。
3)短距離弾道ミサイル（SRBM）。一段式。道路移動式。固体燃料。核弾頭の威力は5－12キロトン。最新の発射テストは2021年2月3日（ISPR 2021-2）。
4)短距離弾道ミサイル（SRBM）。一段式。道路移動式。固体燃料。核弾頭の威力は5－12キロトン。パキスタンが1990年代初頭に中国から30基輸入したDF-11ミサイルを基にしている。最新の発射テストは2019年11月18日（The Economic Times 2019）。
5)シャヒーン1の射程距離を伸ばしたもの。核弾頭の威力は5－12キロトン。最新の発射テストは2021年3月26日（ISPR 2021-4）。
6)パキスタンで最も古い核搭載可能な準中距離弾道ミサイル（MRBM）。一段式。道路移動式。液体燃料。核弾頭の威力は10－40キロトン。北朝鮮のノドンを基にしたと見られている。将来的にはシャヒーンの改良型によって置き換えられるとみられる（Kristensen, Hans M., Norris, Robert S. & Diamond, Julia 2018）。最新の発射テストは2018年10月8日（ISPR 2018-2）。ガウリの射程距離を少なくとも1,800㎞まで伸ばしたガウリ2（ハトフ５A）が開発中との分析もある（Missile Defense Project 2018-1）。
7)準中距離弾道ミサイル（MRBM）。二段式。道路移動式。固体燃料。核弾頭の威力は10－40キロトン。将来的にはガウリを置き換えると見られる。最新の発射テストは2019年5月23日（ISPR 2019-3）。
8)準中距離弾道ミサイル（MRBM）。二段式。固体燃料。核弾頭の威力は10－40キロトン。インドのミサイル防衛能力への対抗として、パキスタンがシャヒーン3の多弾頭化を試みている、という報道もある（Missile Defense Project 2019）。最新の発射テストは2021年1月20日（ISPR 2021-1）。
9)地対地単距離弾道ミサイル（SRBM）。一段式。道路移動式。固体燃料。核弾頭の威力は5－12キロトン。低威力だが高精度である。複数の発射管を持つボックスランチャーから発射される（Kristensen, Hans M. & Norris, Robert S. 2016)。2017年に射程60kmから70kmに改良されたが、いずれにしてもこの射程ではインド国内のいかなる戦略目標も攻撃することはできない。よってナスルの主目的は戦場で使用し、インド戦車部隊の侵攻を国境付近で食い止めることにあると推定される（Kristensen, Hans M. & Korda, Matt 2019）。これまでに15回の発射テストが実施され、最新のものでは、2019年1月24日（ISPR 2019-1）と31日（ISPR 2019-2）に連続して行われた。
10)準中距離弾道ミサイル（MRBM）。三段式。道路移動式。固体燃料。2017年1月24日に初の発射テストが実施された。パキスタン軍統合広報局が複数弾頭搭載可能と発表（ISPR 2017-1）。シャヒーン 3 を再設計し強化したという評価がある（Gady, Franz-Stefan 2017）。多弾頭化はインドの弾道ミサイル防衛システムへの対抗措置とみられている（Kristensen, Hans M., Norris, Robert S. & Diamond, Julia 2018）。2018年3月6日には米国のアシュリー国防情報局（DIA）長官が上院軍事委員会で、2017年1月のテストが「南アジアにおける初の多弾頭弾」の実験であったことを認める証言を行った（Defense Intelligence Agency 2018）。
11)地対地巡航ミサイル。核弾頭の威力は5－12キロトン。インドの巡航ミサイル開発計画に対抗し、1990年代に開発が始まった（Missile Defense Project 2018-2）。2005年8月に初の発射テストを行った。最新の発射テストは2021年2月11日（ISPR 2021-3）。
12)バブール 1 に高度な航空力学と電子機器を取り入れて精度を向上させ、射程を 700km に伸ばした対地／対艦巡航ミサイル。核弾頭の威力は5－12キロトン。最初のテストは2016年12月14日に行われた（ISPR 2016）。最新の発射テストは2020年3月19日であったが、発射後まもなく墜落し失敗に終わった（WION 2020）。2018年4月14日には、同等の性能のバブール 1B の発射テストが行われている（ISPR 2018-2）。
13)バブール 2 の潜水艦発射型で射程は 450km。核弾頭の威力は5－12キロトン。これまで2回のテストが実施されており、最新のテストは2018年3月29日（ISPR 2018-1）。バブール3が実戦配備されれば、パキスタンは地上、海洋、空中の運搬手段の3本柱を獲得することになる。
14)1983年～87年に米国製を配備。核任務の遂行が可能であるが、核任務に使用することを禁じた米国との売買契約の際の制限から、核任務はミラージュに集中させていると見られている（Kristensen, Hans M & Kile, Shannon N. 2020）。
15)ミラージュⅢは空中発射巡航ミサイル（ALCM）のラ・アドの発射テストにも使用された（Kristensen, Hans M & Kile, Shannon N. 2020）。一方、ミラージュⅤには自由落下爆弾を用いた爆撃任務が与えられているとの見方がある（Kristensen, Hans M & Kile, Shannon N. 2020）。現在パキスタン空軍は160機のミラージュを保有しているが（うち120機が戦闘爆撃機）、さらに36機をエジプトから購入する計画がある（Kristensen, Hans M & Kile, Shannon N. 2020）。他方、老朽化の進むミラージュの後継として、パキスタン政府は、中国と共同開発したJF-17戦闘機を取得している（Kristensen, Hans M & Kile, Shannon N. 2020）。
16)空中発射巡航ミサイル。これまでに7回のテストを実施し、最後は2016年とされる（Kristensen, Hans M & Kile, Shannon N. 2020）。パキスタン政府によれば、「ステルス能力」と「精密誘導能力」があるという（Kristensen, Hans M. & Norris, Robert S. 2016）。ペイロードの出典は IHS Jane’s 2015。
17)空中発射巡航ミサイル。ラ・アドの射程距離を伸ばした改良版。2017年3月23日の軍事パレードで初めて登場した。最新の発射テストは2020年2月18日（ISPR 2020）。パキスタン政府によれば射程は600㎞で精密誘導能力がある（ISPR 2020）。
【出典】
Defense Intelligence Agency 2018: “Statement for the Record: Worldwide Threat Assessment,” 6 March 2018, https://www.dia.mil/News/Speeches-and-Testimonies/Article-View/Article/1457815/statement-for-the-record-worldwide-threat-assessment/utm_content/buffer03bbe/utm_medium/social/utm_campaign/buffer/utm_content/buffer6e4e7/utm_medium/social/utm_campaign/buffer/?utm_source=twitter.com（2021.4.9アクセス）
The Economic Times 2019: “Pakistan successfully conducts test launch of surface-to-surface ballistic missile,” 18 November 2019, https://economictimes.indiatimes.com/news/defence/pakistan-successfully-conducts-test-launch-of-surface-to-surface-ballistic-missile/articleshow/72107840.cms (2021.4.9アクセス)
Gady, Franz-Stefan 2017: “Pakistan Tests New Ballistic Missile Capable of Carrying Multiple Nuclear Warheads,” The Diplomat, 25 January 2017. https://thediplomat.com/2017/01/pakistan-tests-new-ballistic-missile-capable-of-carrying-multiple-nuclear-warheads/（2021.4.9アクセス）
IHS Jane’s 2015: “Hatf-8 (Ra’ad),” Jane’s Weapons, Strategic 2015-2016, pp.172-173.
International Panel on Fissile Materials (IPFM) 2020: “Fissile material stocks: Pakistan,” http://fissilematerials.org/countries/pakistan.html（2021.4.8アクセス）
ISPR 2016: “Press release PR482/2016-ISPR,” 19 January 2016. https://www.ispr.gov.pk/press-release-detail.php?id=3163（2021.4.9アクセス）
ISPR 2017-1: “Press release PR10/2017-ISPR,” 9 January 2017. https://www.ispr.gov.pk/press-release-detail.php?id=3672（2021.4.9アクセス）
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ISPR 2018-1: “Pakistan conducted another successful test fire of indigenously developed Submarine Launched Cruise Missile Babur having a range of 450 kms,” Press release PR125/2018-ISPR,” 29 March 2018. https://www.ispr.gov.pk/press-release-detail.php?id=4660（2021.4.9アクセス）
ISPR 2018-2: “Pakistan today conducted a successful test of an enhanced range version of the indigenously developed Babur Cruise Missile,” Press release PR142/2018-ISPR,” 14 April 2018. https://www.ispr.gov.pk/press-release-detail.php?id=4693（2021.4.30アクセス）
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ISPR 2019-2: “Pakistan today conducted another successful launch of short range surface to surface ballistic missile “Nasr”,” Press release PR-37/2019-ISPR, 31 January 2019. https://www.ispr.gov.pk/press-release-detail.php?id=5179（2021.4.30アクセス）
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ISPR 2021-4: “Pakistan today conducted successful flight test of Shaheen-1A surface to surface ballistic missile, having a range of 900 kilometers,” Press release PR-59/2021-ISPR, 26 March 2021, https://www.ispr.gov.pk/press-release-detail.php?id=6104 (2021.4.9アクセス)
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