【概要】
2020年2月7日、マクロン大統領は、フランス大統領として5年ぶりとなる「防衛と抑止に関する演説」を行った(Macron, Emmanuel 2020)。演説においてマクロンは核抑止力が国家主権の独立と防衛に不可欠であることを主張しつつ、多国間協議による核軍縮の必要性も訴えた。また、フランスの核兵器をヨーロッパ連合(EU)の共有する抑止力として運用するという注目すべき提案を行った。一方で核戦力に関しては、核弾頭数を300以下とすること、航空機と原子力潜水艦の2本柱の核戦力を維持することなど、現政策を再確認した。これはサルコジ大統領が「300弾頭以下に削減する」と発表(2008年3月21日)(Sarkozy, Nicolas M. 2008)したのに続いて、オランド大統領がそれを完了させた(2015年2月19日)(Hollande, François 2015)路線を踏襲するものである。2015年核不拡散条約(NPT)再検討会議に提出した報告書(Government of France 2015)で、弾頭数が300以下であること、潜水艦発射弾道ミサイル数が1隻あたり16基で3隻分あること、空中発射核巡航ミサイル数が54発であることなど大統領演説の内容を確認している。54発という数字は、この一覧表では、作戦配備の「航空機搭載」40発と作戦外貯蔵の「航空機搭載」10発との合計50発に該当する。表の数字はクリステンセンらの文献に依拠した(Kristensen, Hans M. & Korda, Matt 2021、および Kristensen, Hans M. 2020)。
フランスは新世代の戦略原子力潜水艦(SSBN)、それに搭載するミサイル(SLBM)、航空機に搭載する新世代巡航ミサイルと、すべての核兵器の近代化を行っている。フランス国防省は、2019年における核戦力費用は49億ドル(45億ユーロ)としている。これは、前年度比10%増となる。また、政府発表では2019年~2023年の5年間に核戦力への出費を280億ドル(250億ユーロ)と見積っている。ただ、核戦力費にどこまでの費用を含めているのかは不明確である(Kristensen, Hans M. 2020)。
フランスは北大西洋条約機構(NATO)の一員であるが、核兵器体制はNATOとは独立している。
赤数字は昨年から変更があった弾頭数です。 | 2021.6.1現在 |
名称 | 核弾頭の種類 | 核弾頭の威力(キロトン) | 核弾頭数 | 備考 | |||
作戦配備 | SLBM 1) | MSBS M51 2) | M51.1 | TN75 | MIRV6以下×100 | 240 | 3) |
M51.2 | TNO | MIRV6以下×100 | |||||
潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM) 小計 | 240 | ||||||
爆撃機など 航空機搭載 | 爆撃機搭載 ASMPA 4) | TNA | 可変〜300 | 40 | 5) | ||
空母艦搭載機用 ASPMA 6) | TNA | 可変〜300 | 0 | 7) | |||
爆撃機など航空機搭載小計 | 40 | ||||||
作戦配備合計 | 280 | ||||||
作戦外貯蔵 | 爆撃機など 航空機搭載 | 〜10 | 8) | ||||
作戦外貯蔵合計 | 〜10 | ||||||
全保有数 | 290 |
MIRV=多目標弾頭
【脚注】
1) 4隻のトリオンファン級(※)戦略原子力潜水艦(SSBN):トリオンファン、テメレール、ビジラン、テリブルに搭載。うち少なくとも2隻が完全作戦体制にあり、そのうちの1隻が抑止パトロール(約10週)に就いている。基地はブレスト近くのロング島(Ile Longue)という半島(Kristensen, Hans M. & Korda, Matt 2019)。
※【トリオンファン級】2010年9月に現在の4隻体制になった。16基のミサイル発射管を装備する。
2) MSBS=Mer-Sol Balistique Strategiqueの頭文字。フランス語で「艦対地戦略弾道ミサイル」。旧型M45(射程4000km以上、6弾頭MIRV 可能)は2016年末にはすべて退役、以後4隻の戦略原潜すべてにM51を搭載(Kristensen, Hans M. & Korda, Matt 2019)。バージョンM51.1の発射実験は2010年1月27日と7月10日に行われた。2013年5月5日、ビジランからの発射実験に失敗した(Collin, Jean-Marie 2013)。2016年7月1日にバージョンM51.2がトリオンファンから発射実験され、2017年12月に作戦配備が発表された。2020年には4隻すべてのミサイルがM51.2になる予定。M51.1は熱核弾頭TN75(※)(威力約100キロトン、最大6個のMIRV)、M51.2は熱核弾頭TNO(威力約100キロトン、最大6個のMIRV)を装着している(Kristensen, Hans M. 2020)。TNOの威力に関しては150キロトンの情報もある(Kristensen, Hans M. & Korda, Matt 2019)。
※【TN75、TNO】フランスが1995~96年、ムルロアで行った最後の核実験で実証実験が行われた熱核弾頭。TNはフランス語の核弾頭(Tete Nucleare)の頭文字。TNOは海洋核弾頭(Tete Nucleare Oceanique)の頭文字。
3) 4隻のうち3隻に交替で弾頭が装備される運用体制と考えられ、1隻はオーバーホール(Kristensen, Hans M. & Korda, Matt 2019)、3隻×16発射管×(4–6)MIRVと弾頭数が計算される。
4) ASMPA=Air-Sol Moyenne Portee Amelioreの頭文字。フランス語で「空対地中距離改良型」。射程500kmの巡航ミサイル。弾頭はTNA(Tete Nucleare Aeroporteeの頭文字。航空核弾頭)で最大300ktとされるが、より低威力の選択肢もあると考えられる(Kristensen, Hans M. & Korda, Matt 2019)。
5) 核能力戦闘爆撃機ミラージュ2000Nが2018年6月に退役して以後、約40機の戦闘攻撃機ラファールBF3(※)が核任務を担っている。1機あたり1弾頭、(Kristensen, Hans M. & Korda, Matt 2019)。
※【ラファールBF3】2009年に作戦配備。2010年にASMPAを装備。給油無しの戦闘航続距離1,850km。( Kristensen, Hans M. 2020)
6) フランスが持つ唯一の空母シャルル・ドゴール(R91、原子力推進)の艦載機ラファールMF3(※)の10機が核任務をもつ。(Kristensen, Hans M. & Korda, Matt 2019)。2020年4月、空母シャルル・ドゴール乗組員約1000名がCOVID-19に感染し核任務をもったまま帰港を余儀なくされた(Simkins J.D. 2020)。
※【ラファールMF3】2010年に作戦配備。2011年にASMPA装備。航続距離200km。
7) 空母シャルル・ドゴールには、平時において核兵器は搭載されていない。艦載機ラファールMF3に搭載のためのASMPA約10発は陸上基地(おそらく、イストレ(Istres)航空基地あるいはアボルト(Avord)航空基地)に貯蔵されている。(Kristensen, Hans M. & Korda, Matt 2019)その意味で、中国の場合と同様に作戦外貯蔵に分類した。
8) 空母艦載機用ASMPA約10発。
【出典】
Collin, Jean-Marie 2013: “The M51 missile failure: where does this leave French nuclear modernization?,” BASIC Blog, June 27, 2013, http://www.basicint.org/blogs/2013/06/m51-missile-failure-where-does-leave-french-nuclear-modernization (2021.5.3アクセス)
Government of France 2015: “Report submitted by France under actions 5, 20, 21 of the Final Document of the 2010 Review Conference of the Parties to the Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons,” (NPT/CONF.2015/10) 12 March 2015, https://undocs.org/NPT/CONF.2015/10 (2021.5.3アクセス)
Hollande, François 2015: “Speech on Nuclear Deterrence,” 19 February, 2015。 非公式英訳:http://acdn.net/spip/spip.php?article921&lang=en(2021.5.3アクセス) 抜粋和訳:http://www.peacedepot.org/wp-content/uploads/2017/05/nmtr470.pdf (2021.5.3アクセス)
Kristensen, Hans M. 2020: Chapter ‘France,’ “Assuring Destruction Forever: 2020 EDITION,” edited by Allison Pytlak & Ray Acheson, June 2020, Reaching Critical Will, https://reachingcriticalwill.org/images/documents/Publications/modernization/assuring-destruction-forever-2020v2.pdf(2021.5.3アクセス)
Kristensen, Hans M. & Korda, Matt 2021: “Status of World Nuclear Forces,” Federation of American Scientists, updated March, 2021. https://fas.org/issues/nuclear-weapons/status-world-nuclear-forces/ (2021.5.3アクセス)
Kristensen, Hans M. & Korda, Matt 2019: “French nuclear forces, 2019,” Bulletin of the Atomic Scientists, Vol 75, No.1, https://www.tandfonline.com/doi/pdf/10.1080/00963402.2019.1556003?needAccess=true (2021.5.3アクセス)
Macron, Emmanuel 2020: “Speech of the President of the Republic on the Defense and Deterrence Strategy,” 7th February, 2020, https://www.elysee.fr/emmanuel-macron/2020/02/07/speech-of-the-president-of-the-republic-on-the-defense-and-deterrence-strategy.en(2021.5.3アクセス)
Sarkozy, Nicolas M. 2008: English version: “Presentation of SSBM ‘Le Terrible’ – Speech by M. Nicolas Sarkozy, President of the Republic,” 21 March 2008, http://carnegieendowment.org/publications/index.cfm?fa=view&id=20001&prog=zgp&proj=znpp (2021.5.2アクセス) 抄訳:「ニコラ・サルコジ仏共和国大統領の演説」、イアブック:核軍縮・平和2008(監修:梅林宏道、NPO法人ピースデポ)pp.250-252
Simkins J.D. 2020, “French carrier surpasses Theodore Roosevelt with over 1,000 confirmed cases of COVID-19,” Navy Times, April 20, https://www.navytimes.com/news/your-navy/2020/04/20/french-carrier-surpasses-theodore-roosevelt-with-over-1000-confirmed-cases-of-covid-19/ (2021.5.3アクセス)