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核兵器の時代に終止符を
ヤコブ・ケレンベルガー赤十字国際委員会総裁の演説

2010 年4 月20 日
スイス・ジュネーブ

今日、核軍縮と核不拡散が、あらためて世界の緊急課題とされています。冷戦後の核兵器問題に関する久しく待望された前進のために、精力的な外交努力が払われています。

赤十字国際委員会(ICRC)は、核兵器をめぐる議論は軍事ドクトリンやパワーポリティックスのみに基づくものであってはならないと強く確信します。核兵器の存在は、人道上の利益、自ら生み出した技術を制御する人類の力量、国際人道法が及ぶ範囲、そして人類が戦時において何を受忍、許容するのかという、最も基本的な問いを投げかけています。

この議論の真髄は、究極的には人類そのものに関するものであり、国際人道法の基本的なルールと人類の集団的未来に関するものであるべきです。

ICRC には、この議論に参画する正統な資格があります。ICRC は150 年に及ぶその歴史の中で、戦争によってもたらされた計り知れない人間的苦痛を目撃してきており、この苦痛に制限を加えるための国際人道法の可能性と力を理解しています。ICRC は同時に、核兵器の使用の結果と、核兵器にはICRC の目指す人道支援という任務を実行不可能なものにする力が潜在していることについて、自らの証言によって問題を提起してきました。ICRC 駐日代表であったマルセル・ジュノー医師は、原爆投下の影響を評価し、被爆者の救援にあたった最初の外国人医師でありました。ICRC が所蔵していたマルセル医師の論文「広島の惨状」が初めて刊行されたのは1982 年のことです。その中で彼は、核兵器が人類にもたした現実を次のように述べています。
「我々が(略)目にしたのは、これまで見たことのない現実であった。町の中心は、まるで手の平のような、平坦で滑らかな白い布が当たられたようだった。そこには何も残されていなかった。人家があったというかすかな痕跡すら消え去ったように見えた。「当て布」の直径は約2 キロメータあった。その周りには、家屋が焼失したことを示す赤い帯があり、それは遠くにまで広がって…町のほとんどを覆っていた。」

ジュノー医師が出会った目撃者によれば、爆発後数秒で「町の中心部の通りや庭にいた数千の人々は高熱の衝撃波の直撃で小さな虫のように死んだ。他の人々は無残に焼け焦げ、毛虫のように身をよじらせて倒れた。民家や商店などは超自然的な力でなぎ倒されるように消えた。路面電車は、軽々と100 ヤードも飛ばされ、列車はレールから跳ね飛ばされていた(…)。生きているものは痛みに耐えかねて体をのけぞらせていた。」

ジュノー医師によれば、この甚大な破壊の前に医療施設も医師も物資も決定的に不足していました。広島市内の医師300 人のうち270 人、看護婦1700 人のうち1654 人、140人の薬剤師のうち127 人が死亡していました。ジュノー医師が訪れた日本赤十字病院は石で建造されていたため、奇跡的にもほぼ無傷でした。しかしその医療設備は使用に耐えず、スタッフも3 分の2 が死亡していました。また、献血者を探そうにも、死んだり行方不明になったため輸血を行うこともできませんでした。一日目に同病院に避難してきた1000人の患者のうち600 人はすぐに絶命しました。

核兵器使用がもたらした苦痛は救急・医療・救援施設の破壊によって指数関数的に増加します。のみならず、核兵器によって生じた放射線による人間への影響は、核爆発の後何年も人々を苦しめることになります。生存者にとっては、脱水症状と消火器への損傷による下痢、致死性の感染症そして骨髄圧迫による出血が初期における生命への脅威となるでありましょう。これらの危機を脱したとしても、彼らはある種の癌の進行というリスクや次世代の遺伝障害という大きな脅威に直面します。こうして、時を経ても多くの生命が失われてゆきます。広島と長崎では被爆後5 年間に死亡率は2~3 倍に上昇しました。

核兵器による破壊能力は冷戦期間中に数千倍も高まりました。しかし各国及び国際機関による被害者救援能力はそのようには強化されませんでした。ICRC は最近、ICRC と他の国際機関による核兵器、放射能兵器、化学・生物兵器による被害者に対する救援能力に関する包括的分析を行いました。中にはその能力を持っている国があります。しかし国際的視野で見ればそのような能力はほとんど存在せず、現実的な体系的計画もほとんど存在しません。もし将来核兵器が使われたならば、広島、長崎と同じことが再現されるでしょう。

我々は今、現在の保有核兵器には広島、長崎で使われたそれをはるかに凌ぐ破壊力があることを知っています。多くの核兵器使用シナリオによれば、人間と社会がこうむる被害は、はるかに甚大なものになるでしょう。保有核兵器の一部でさえ、もし使われたならば、環境は長期的な影響を受け、農業は成立不可能になるでしょう。これらは人類の生存にとっての深刻このうえない意味を持ちます。

ICRC は長年にわたり、核兵器、そして核兵器による民間人への脅威が国際人道法において持つ意味を熟慮しつづけてきました。1945 年9 月5 日には、ICRC はすでに核兵器の禁止への願いを明らかにしています。そして1948 年以来、国際赤十字社及び赤新月社は、国際会議を通じて大量破壊兵器一般、とりわけ核兵器の禁止を求めてきました。1950 年のジュネーブ条約加盟諸国に対する書簡で、ICRC は、核時代を前に、次のよう述べました。

「(戦争には)規制のルールが必要である。とりわけ…求められるのは戦闘員と非戦闘員の区別である。核兵器と非志向性ミサイルはこの区別を不可能にする。これらの兵器は、病院、捕虜収容所、そして民間人を攻撃対象から除外しない。その帰結は無差別殺戮に他ならない。その効果はただちに発生し長期的に続くので、負傷者への接近や治療は不可能になる。このような条件を考慮すれば、どのような目的であれ、核兵器の使用を想定すること自体が法による非戦闘員の保護という試みを無意味なものにする。明文化されたものであれそうでないものであれ、法は核兵器による全面的な破壊の前では無力である」。この認識に基づき、ICRC は全ての国家に「核兵器の禁止に合意するための全ての措置」をとることを求めました。

1996 年、ICRC は、国際司法裁判所が核兵器に関する勧告的意見において、国際人道法における区別と均等性の原則は「妥協の余地のない」ものであり、核兵器にも適用されるべきであるとしたことを歓迎しました。これら原則を核兵器に適用した結果として、同裁判所は「核兵器の使用は国際人道法の原則及び規則に一般に違反する」と結論づけました。さらに国家の存亡そのものがかかった自衛の極端な事情の下でさえ、核兵器の使用が合法化されるか否かについては「はっきりと結論しえない」とされました。

ある状況のもとで、特定の、狭く定義されたシナリオに基づけば、核兵器が合法的に使用されうるという見解が支持されうると唱える人々がいます。しかし、国際司法裁判所は「…核兵器の破壊的威力は、いかなる空間及び時間に封じこめることも不可能であり…、核爆発によって放出される放射能は極めて広い地理的範囲の健康、農業、天然資源及び人口統計に影響を与える。さらに、核兵器の使用は将来の世代に対する深刻な危険をもたらす…」と指摘しました。この結論にてらした時、ICRC は核兵器のいかなる使用も国際人道法に合致するとみなすことは不可能であると考えます。

人道機関としてのICRC の立場は、純法律的分析よりも先を行くものです。それがICRCの使命でもあります。破壊力、それがもたらす筆舌に尽くしがたい被害、その効果が時間的・空間的に制御不可能であり拡大してゆくこと、環境、将来の世代、そして人類の生存そのものへの脅威となること。それが核兵器の特質であります。したがってICRC は今日、すべての国家に対して、核兵器は、使用の合法性に対する見解に関わらず、二度と使われてはならないことを再確認するよう要請します。

国際社会は、現世代と次世代のため、に核兵器を削減し、廃絶するという絶好の機会を手にしています。2009 年9 月の首脳レベル会合において、国連安保理は「核兵器のない世界」という目標を支持しました。その4 か月前、ジュネーブ軍縮会議は作業計画と核軍縮を含む核問題に関する全会一致の合意を達成しました。過去数十年間に政治・軍事における指導的立場にいた高名な人々が、核兵器は国家と国際の安全保障を損なうと結論づけています。オバマ大統領とメドベージェフ大統領は核兵器削減においては米ロ両国に特別な責任があることを認めました。来月ニューヨークで開かれる核不拡散条約再検討会議は、核兵器国と非核兵器国の双方が、核兵器削減を含む同条約の定める義務を完遂するための具体的計画に合意する歴史的機会を提供するものです。

ICRC の見解よれば、核兵器使用の防止には、法的拘束力を持つ国際条約によって核兵器を禁止し完全廃棄することを目標とした交渉を追及するという、現存する義務の完遂が不可欠です。それはまた、核兵器生産のために用いることのできる物質と技術の拡散を防止し、規制することを意味します。

マルセル・ジュノーの証言は次のような文章で始められます。「この爆弾の物理的影響は信じがたく、いかなる想定をも超え、想像を絶するものであった。その道義的影響は凄惨なものであった」。我々は、人道に関する共通の価値を否定し、国際人道法のもっとも基本的な原則に抵触し、人類の生存の持続を脅かしうるこの兵器のおそるべき影響に対して無関心であることは許されません。

ICRC は今日、すべての国々とそれらに影響力を持つすべての人々が、核兵器の時代に終止符をうつという我々が手にした特別な機会を、とらえて手放さないと決心することの緊急性を訴えるものです。

 

(翻訳:特定非営利活動法人ピースデポ)
出典:核兵器・核実験モニター第355 号(2010/7/1),pp.5-6

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