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Yuka’s Blog  【Yuka’s Insights in the 70th】

No.10 Thursday, 7 May

●NGO room発表本番、「世界に問うてみる」を実行して

朝~昼すぎ: NGO room発表の準備

15:00~18:00:NGO room発表本番!

●NGO room発表本番、「世界に問うてみる」を実行して

ナガサキ・ユース代表団の主催にて、国連内の一部屋を借りて、3つのテーマについて発表を中心としたセッションを行いました。

発表をしてみて感じたこと。それは、発表を行ってよかったな、ということでした。

発表を終えて、ナガサキ・ユース代表団は国内外の様々な参加者から賞賛と、何より激励の言葉を得ることができました。また、メンバー自身も自分の限界に挑戦し、公の場で自分たちの考えを問うという貴重な経験が出来たと思います。

思い返せば1月末のミーティングにて、「発表して、世界に問うてみない?」という私のちょっと気まぐれな一言からユースとRECNAサポーターズの間で始まった企画でした。正直、完全なる見切り発車でした。

そんな中、こんなことを調べて発表したい、こんな人たちからアイデアをもらいたい、発信して政府を動かしてみたい等々、いろんな興味関心と思いをもつメンバーが集まりました。限られた時間と経験とで進めていく中で、正直「大丈夫かな?!」と思った瞬間もありました(それは私だけではなかったはず)。そんな中なんとか形にすることができ、こうして発信して「世界に問うてみる」ことができました。

問うてみれば、反応してくれる人が、たくさんいました。

セッション後に頂いた言葉で、印象的なものが2つあります。

それは、以前からユースを知っている方からの「去年から進化しているね、感心した」というお褒めの言葉と、別の方からの「これがスタートだね」という励ましの言葉。

これを胸に前を向いて行かなければという想いと、次のユースにバトンを渡しぜひさらに進化していってほしいという想い、その二つが今は心にあります。

(当日の詳細)

ついに本番当日。午前中に通しリハをする予定でしたが、各自の最終調整を優先することとし見送りに。事前に各グループの発表パワポとスクリプトは江島さんと手分けしてほぼ確認し終えており、あとは発表にてそれぞれが持てる力を出し、全体としては準備に抜け漏れがないようにするのみ。やはり当日なのでそれなりにドタバタはしましたが、そこはサポート組のメンバーの協力を得て、何とか本番へ。

いよいよ本番。会場はぱっと見たところゲストも含め30名ほどおり、座席はほどよく埋まっている感じでした。発表では3つのグループすべてが、自分達が3か月間かけて準備してきたものを堂々とプレゼンし、会場は拍手喝采でした。私も隣で「がんばれー!」と内心ドキドキしながら聞いていましたが、オーディエンスの方を見ると頷いたり相槌をいれたりする様子が見受けられてほっとしました。

平和教育の発表では、アンケートに基づいた長崎の若者の核問題への関心の低さや未来志向の平和教育の提案が示されました。日本政府が2010年に引き続き今回も軍縮教育の重要性に言及した作業文書(Working Paper)を出していることもあり、関心が高いものとなりました。

次の日本政府の政策に関しては、被爆国として非核化のリーダーシップをとってほしいという願いと、北東アジアの安全保障環境が好ましくないために米国の核の抑止力に頼る政策となっているというジレンマについて、政策に関する見識を披露し、市民社会の中にいる長崎の学生として出来ることを提案しました。政策に関して正面切って議論をするという非常に難しいトピックでしたが、自分達の中で納得がいく最後の最後まで、メンバーが桂子先生と共にロジックを詰め最高の発表を突き詰めた結果、あまり日本のプレゼンスがない中で特に日本について見識がないオーディエンスにとってよい学びのきっかけとなり、またその後のWorkshopへのよい橋渡しとなりました。

最後に、若者の核問題への関心についての発表グループは、被爆地・長崎の若者の核問題への関心の低さの要因をアンケートからあぶり出し、同時に非被爆地で核問題に取り組んでいる6名の若者をゲストスピーカーとして招き、エピソードを交えながら多くの若者を巻き込むための要因を話してもらいました。政治を専攻する学生や理系の研究をしている学生、NGO代表者など、様々なバックグラウンドと目的を持つメンバーから示唆に富むお話を共有していただけました。

発表に引き続いてはゲストからのフィードバックを頂きました。被爆者の平田さんからは国内でも東京など被爆地以外の学校での被爆に関する平和教育の実施率が下がっている点について憂慮しているといった点や、日本政府担当者やその他のNGO代表者から若者への期待などを共有いただきました。その後は急きょ検討し直し入れることにしたWorkshopにて、北東アジアの非核化に向けて何がキーになるかをディスカッションしました。ここでは最終的に平和教育の重要性が示唆され、興味深い結果となりました。

私自身はというと、グループ発表の内容確認やゲストとの最終調整を優先したため、グループ発表は行いましたが、司会進行は結果的にアドリブ満載になってしまいました。が、どこかで鍛えた「強い気持ち」という武器でなんとか乗り切ることができました(汗)

この場を借りて、今回の発表を支えてくださった皆様に心から感謝いたします。本当にありがとうございました!そしてこれからもユースおよびRECNAサポーターをどうぞよろしくお願いいたします。

 

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No.9 Wednesday, 6 May

●NGO room発表、飛び込み営業の巻

AM: Gov’t briefing (アイルランド) 、Main Committee 1傍聴

PM: NGO room発表の準備

明日はいよいよNGO roomでの発表!あれにこれにそれに、すべきことをお手玉状態で突っ走る感じです。

NGO room発表で私たちが苦労した一つが、広報の仕方です。ユースを既に知っている方々や長崎のときから活動を見守ってくださっているメディアのみなさんを招くのはもちろんです。ですがこの機会を活かして、ぜひ私たちのまだ知らない「世界」に発信したい、議論がしたい。よって私たちの知らない会議参加者に来てもらう必要があります。

事前の200枚強のビラ作成。配布は、会議前日に国連パスを取得するために列に並んだ時に、隣に並んでいたNGOの方に渡した時から開始しました。スキあらば、渡す。NGOの山盛りのビラが置いてあるブースにもちゃんと平積みしました。

そして今日は、飛び込み営業!桂子先生のアドバイスをもとに、本会議直後の議場で直接各国政府代表にビラを配ることにしました。ドキドキハラハラでしたが、発表の内容と「ぜひあなた方に聞いてほしい」という気持ちをメンバー有志がそれぞれ伝えました。

その結果はこちら。当日メンバー内で共有したメッセージを掲載します⇒

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【Good news/報告: サイドイベントの宣伝】

先ほどMC1(本会議)終了後に議場でDelegates(大使)を捕まえて宣伝してきました!

以下、私が把握しえたコンタクトです。Officials(政府関係者)が複数来てくれる可能性が高まりました。

・NZ: Ms. Dell Higgie大使より、”We’ll send someone to your event.”(ニュージーランド政府からだれか出席するようにするわ。)

・モレイ議長(MC1議長で、去年のPrepCom議長):「なんとか時間を作るように努力するし、作れたらサンドイッチをつかんででも行くよ」

・Austria: Delegationメンバーより、”We’ll do our best to come to your event.”(できる限り参加するわ。)(BANgのクリスチャンの紹介。Thanks!)

その他、日本を含めた各国政府にビラ配りしてくれました。ありがとう‼!

彼らの期待に応えるべく、精一杯頑張りましょう‼

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FBで共有すると、メンバーからは「すごい!」「やったね!」の声が上がりました。みんなプレゼンの準備に追われてお疲れ気味でしたが、政府関係者の言葉で一気にポジティブな雰囲気が生まれました。

あと30時間。あと24時間。あとxx時間。。。悔いのなきよう、あとは突っ走るのみです。

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No.8 Tuesday, 5 May

●エネルギー政策と原子力

AM: Gov’t briefing (フランス)

PM: ドイツ人学生とのディスカッションセッション

●エネルギー政策と原子力

この日はドイツ人とのディスカッションセッションでした。これは去年の2期生の時に行われたものであり、今年で2回目となります。

今回のトピックはエネルギー政策、とくに原子力発電に関するものです。福島での事故と原発再稼働の是非という課題を抱える日本と、福島での事故を境に脱原発を急速に推進しているドイツという、ある種対極にいる国同士の話し合いで、お互いの国同士非常に興味深く話し合いをすることができました。

また、今回はユースの中での担当メンバーが事前学習会を開催したり、資料も手分けをして詳細に調べたものを準備したりと、気合十分!な企画となりました。

実際にドイツ人学生と顔を合わせてみると、お互い様々なバックグラウンドを持つ者同士、様々な角度からエネルギー政策について話をすることができました。私が一緒になったグループには、国際関係学(政治)や教育、工学やエネルギー政策を専門にしている学生まで多彩なメンバーがおり、なかなか話は尽きませんでした。

私が以前から気になっていた点に、ドイツ国内は脱原発しているが、結局国外から原発由来のものを含めエネルギーを輸入していて他者依存になっているではないかという論点がありました。それをぶつけてみると、「原発停止前でも、原発で使うウランは輸入したもので、ドイツ国内の自前ではなかった。他国にエネルギーを依存する必要性は、原子力であれそれ以外の手段であれ変わらない」ということを話してくれました。その点は私にとって目から鱗であり、資源の少ない日本においても(自然エネルギーを自活しない限り)その点は変わりがないという、当然ではあるが見落としていたことに気づきました。

原発再稼働の是非が焦点になっている日本で、この課題について引き続き関心を持っていこうと思った機会となりました。

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No.7 Monday, 4 May

●核問題とジェンダー

●Sharing ― 共有すること

AM: Gov’t briefing (オーストリア) 、軍縮教育に関するセッション参加

PM: 本会議傍聴-Main Committee 1(軍縮に関する委員会)、ユース内ブリーフィング

●核問題とジェンダー

この日初めてMain Committee 1(軍縮に関する委員会)の傍聴をしました。4週間の会議期間中、最初の4日間の各国の一般討論(General Debate)以降は、3つの委員会とその下部組織に分かれて議論が進み、最終的な文書を交渉・作成していきます。

印象的だったのは、一般討論(General Debate)の時と比べ、女性の発言が増えたことでした。一般討論は大使が発言することが多く、私が傍聴した限りでは、初の女性首相が誕生したニュージーランドの大使以外はすべて男性でした。しかしより実務レベルとなると思われるMain Committeeでの討論では、いくつかの国において女性の政府代表者が発言しており、非常に目新しく映りました。

この「目新しい」と思えてしまう状況を前に、核兵器問題は、軍事戦略上の問題であるという考えに留まる限りは旧態依然でありつづけるのではないかとふと考えていました。もちろん軍事作戦上の問題ではありますが、同時に核兵器が使用された場合は投下された地域の全住民のみならず全世界の人々に影響が及ぶという点において、単に軍事作戦上の問題のみの観点からは議論されることではないと考えます。それはまさに核兵器の「非人道性」(およびそれに付随する核兵器禁止条約に向けた動き)の議論と関連する点です。つまりその観点が70年弱疎かになってしまった理由のなかには、軍事作戦上の議論に留まってしまっていたことが推測されます。

もちろん上記のことは女性の不在と直接は結びつかないことであり、論理が飛躍しているのは十分承知の上で記しています。ただ少なくとも私が今までいた環境(以前の大学や勤め先など)を鑑みるに、女性が存在していることにより、議論のバランス(均衡)が改善され風通しがよくなるという印象があります。風通しがよくなると不透明性が低下し、一部の専門家の話ではなく、みんなの話になったり、そもそもそれってどうなんだろうという意外と本質的な部分が浮き彫りになったりという効用があると実感しています(もちろん逆、つまり女性多数の中で男性が存在する場合も然りであり、要はバランスなのかもしれません)。専門家ばかりでは視野が狭すぎて見えず行き止まりになってしまいがちな点が見えるのが、外から入ってきて来た者であり、ジェンダーバランスはそこに寄与する要因の一つではないかということです。…と核問題をマクロからミクロに(少々強引に)引きつけて考えながら各国の主張を聞いていた午後でした。

尚、討議内容については、軍縮に特化した方策についての各国のスピーチを耳にし、素人であっても前週よりも具体的なものになっていると見受けられました。これからどう進んでいくのか。軍縮=核兵器ゼロの世界実現への道筋はつくのか。RECNAの先生方の配信を楽しみに動向を見守っていこうと思います。

●Sharing ― 共有すること

会議終了後の18時に、今回初めてメンバーと桂子先生が集まって、会議やサイドイベントといった内容に関して共有する時間を作りました。これは1期生であり今回はボランタリーに参加された江島さんと私とでお話していたときに出た話で、提案したところ同意するメンバーがおり先生のご協力により実行に至りました。

実施した感想としては、とてもよかったです。まず何より、私たちユースが得た情報に関して、専門家である桂子先生から背景や追加情報といった補足や訂正を頂き、より正確かつ深い理解に繋げることができました。

また、ユースメンバーも時間的な制約があり各自別のイベントに出ていることや言語の壁があり、各人が得た情報をメンバー全員で共有することで理解度が上がりました。

加えて、メンバー内で情報を共有しようという雰囲気が少し出てきた気がしました。このミーティングを通じて、メンバー内で互いに情報共有することでメリットがあるということが少しでも感じられればいいな、この先や次の代にもつながってほしいなぁと思います。情報共有ができれば個人としても組織としても学びは倍増しますし、人に「伝える」ことで整理ができ記憶に残りますし、また互いにオープンに議論し質問しあえる土壌づくりにもなるのではと考え、今後に期待しています。

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No.6 Friday, 1 May

●人とのつながり:伊藤前長崎市長とアラン・ウェア氏

●日本のNGOのプレゼンス(存在感)

AM: Abolition Caucus, Gov’t briefing (メキシコ)

PM: 本会議傍聴-Civil Society Presentations(NGOが本会議で発言できる唯一の機会)

夜: 長崎ばってん会参加

人とのつながり:伊藤前長崎市長とアラン・ウェア氏

この日の朝の私のミッションは、ある日本人ジャーナリストの方が海外NGOにインタビューをする際に“即席通訳”をすることでした。そのためこの日はお恥ずかしながら初めて8時過ぎからのAbolition Caucusに参加しました。Abolition Caucusとは毎朝NGOの主要メンバーが集まりフランクに情報交換をする場所で、この前後の時間帯が多忙なNGO主要メンバーを捕まえるには絶好の機会なのです。

1人目は、アラン・ウェア氏。核軍縮の世界で知らぬ人はいない有名人で、核軍縮・不拡散議員連盟(PNND)国際コーディネーターを務めるニュージーランド出身の方です。質問事項は、現地メディアでのNPT再検討会議の取り上げられ方や、日本国内で挙がっている被爆体験継承の懸念についての考えなどで、私の至らない点もありながらもなんとかコミュニケーションのお手伝いをさせていただきました。(ニュアンスを伝えるのはなかなか難しいですね(汗))

話がひと段落したところで目に留まったのが、アラン氏のネクタイ。なんと折り鶴柄です。どうしてですかとジャーナリストの方が尋ねると、「これは伊藤前長崎市長からもらったものなんだよ。生前親しくしていてね。彼はGreat leaderだったよ。」と当時のエピソードを語ってくれた。なるほど、そんな繋がりがあるのかぁと正直驚きました。考えてみれば想像がつくのだけれども、つい1週間前まではネット上の人でしかなかった方を目前にし、(私は長崎出身ではないため在任中の伊藤前市長のことは詳しくは存じ上げないのですが)我らが長崎の先達である方との親交を感じることに不思議な力強さを感じました。こうしてリーダーたちの想いは結び繋がれていくんだなぁと、感じ入った瞬間でした。

二人目は、ティム・ライト氏。核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)のアジア太平洋担当局長で、この方もこの世界で超がつくほど有名人です。本会議の展望について伺うと、非人道性の議論はここ数年で盛り上がってきたことで勢いもあり、楽観的な要素が十分にあるという趣旨を述べていました。これは会議を悲観視する大半の声に反していて驚いたとともに、勇気をもらいました。

即席通訳としての取材同行、とても楽しかったです。このような機会を頂きありがとうございました!

●日本のNGOのプレゼンス(存在感)

外交において、あるいは文化面において、日本あるいは日本人の存在感(presence)が低いというのはよく言われることだと思います。私自身も海外やそれに準じたグローバルな環境下で、あぁ自分日本人だな(汗)と感じることがあるのがこの点です。発言しない、自分の確固とした考えを持とうとしない・述べない、議論を避ける、謙虚さ(humble)を(相手の意見を素直に受け止めるというよりも)控えめでいることであると思っている点など…自戒を込めて記しましたが、個人においても外交においても共通する点があるのではないかと思います。

しかしこの日行われた本会議でのCivil Society Presentationsでは、その概念を打ち砕かれました。このセッションのモデレーターを務められていたのが、日本のNGOであるピースボートの川崎哲氏でした。この時間は本会議でNGOに唯一発現権を与えられた3時間なのですが、そのコーディネーションを一括されている方が日本人だったのが衝撃的でした。またそれだけでなく、川崎氏が昨冬にRECNAへ講義に来てくださった際に、(私が述べるのは大変僭越だと承知の上で記すのですが)情熱をドライバーにして理詰めで核廃絶を如何に成しえるかを考え実行されている方であり、お話すべてがとても勉強になったのを覚えています。“Cool head, warm heart”という言葉が実に似合う方だなぁと、当時期末テストラッシュで文字通り頭がパンパンだったなかにも鮮烈な印象が残っています。もちろん戦争における唯一の被爆国・日本のNGOゆえの責務という見方もできますが、市民社会(Civil Society)が欧米と比較して成熟度に欠けると思われる日本において、国際舞台にて実際にその責務を担えまた実際に長年担っているplayerが(団体・個人として)いらっしゃるというのが、私の眼には非常に新鮮にまた心強く、希望を目にした瞬間でした。加えて、川崎氏だけでなく、RECNAという核廃絶において重要な役割を担っている日本の専門家が在籍し、またこの未知の第一線の方がゲストとして来て教えてくださる環境に私自身が身を置かせていただいているという非常な環境を改めて有り難いと感じた瞬間でした。

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No.5 Thursday, 30 April

●核兵器の非人道性、その重要性と実現手段の関係

●若者が、想いを伝える

AM: Gov’t briefing (米国)、 オーストリア政府代表との非公式セッション、平和首長会議ユースフォーラム

PM: フィリピン政府代表との非公式セッション、本会議傍聴

夜: Nagasaki in NY参加

会議4日目。一般討議(General Debate)における各国の声明発表も終わりに近づきました。ユースメンバーの間には、一向に進んでいるように見えない軍縮への取組みに対し、この会議の信憑性や実効性への疑問を通り越し、諦めムードが漂っている様子です。

諦めや落胆は、期待の大きさの裏返しです。私自身も、会議参加前は被爆70周年という節目と、前回の2010年NPT再検討会議での最終合意文書とその後オスロ・メキシコ・ウィーンと3度行われた「核兵器の非人道性にまつわる会議」(Conference on the Humanitarian Impact of Nuclear Weapons)による非人道性への再焦点化があり、最初から会議が盛り上がるのではないかと少々楽観視していました。

しかしここは外交の場。利害関係が対立するなか、現状打破は一筋縄ではいかないのも無理はない。と、このころは少し冷めた(冷静な?)目で現状を見ている自分がいました。それはきっと以前、国際関係学を専攻していたときに、いくら考えたり友人と議論したりしても結局国同士のやり取りには割って入れない自分というちっぽけな存在を痛感した経験があったからだと思います。

ちょっと熱くなりきれない自分がいるのも悲しいなぁと思いつつ、朝9時からアメリカのGov’t briefingを聞きながら、核兵器の削減は努力しているしロシア次第で共に推し進める用意があるものの、無くすことはまだ時期少々(not ready yet)、という煮え切れないアメリカの立場を目の前にはっと現実に目が覚めたのでした。

●核兵器の非人道性、その重要性と実現手段の関係

今回の会議の焦点の一つは「核兵器がもたらす非人道性」です。それは、核兵器は全人類に破滅的な結果をもたらすものであり、よって廃絶されなければならないものである、ということです。

…そんなことはわざわざ70年も経った今、改めて論議に持ち出すべき論点なのだろうか?当然なことすぎることではないのか?私自身、その論点を聞いたときはそう思っていました。ほかの大多数の日本人にとっても、少なからず広島・長崎の被爆の惨状を学んだことのある者にとっては、核兵器のもたらす非人道性は言わずもがなである点だと思われます。

しかし今回の会議における「非人道性」の論点は、非人道性を根拠として、核兵器を「非合法化」していくという手法を含んでいます。非合法化の具体策は、「核兵器禁止条約」を制定することです。オーストリアを含め多数の国は、核兵器禁止条約を制定するという方向にNPT加盟国の同意を得て、最終合意文書にその文言を盛り込むことを目指して動いています。一方核保有国ならびに核の傘にいる国々は、この方向性には反対しています。日本はというと、米国の核の傘下にいることを重要視し賛成していません。戦争における唯一の被爆国でありながら。

重要である(根拠:what)ということと、その重要性をどう実現化していくか(手段:how)。この2点に大きなギャップを持つことは、核問題に限らず非常に普遍的なことであると思います。例えば政策に限らず、ビジネスにおいても、あるいは私たち学生の悩みの種(期待の宝庫?)である大学の授業方針まで、総論賛成各論反対が起こっている点かと思います。「あなたが言っていることは理解(合意)する。でも、そのやり方には賛成できない。」という感じです。実は日々、よく耳にすることではないでしょうか。

相手を説得するには、何が必要なのか。私の頭の中では、ロジックでは詰めきれない、倫理観や大局観といった飛躍(ジャンプ)が必要である点だと感じています。

●若者が、想いを伝える

夜はNagasaki in NYというイベントが開催されました。長崎県人がホストとなり、NPT再検討会議に来られた日本人やメディアの方々、そして現地New Yorkerのみなさんに対し、長崎からメッセージを発信しました。登壇されたのは田上長崎市長、被爆者の医療に携わってきた朝長医師や、被爆者によるコーラス・ひまわりによる合唱、そして我らがユースの西田千紗さん、山中智絵さんはトリを飾りました。

西田さん・山中さんのスピーチは、とてもすばらしいものでした。被爆者やこれまで非核化に尽力された方々から受け取ったバトンを、しっかり受け取り次に繋げていきますという気概と熱意がひしひしと伝わってくるものでした。被爆者の方々や田上市長はじめ長崎市役所の方々やなどみなさん非常に感激した様子で、さらにユースメンバー自身もとても感化されていました^^

準備においては、西田さんは、去年のスピーチ以降1年間で感じたことや見聞きしたことなどたくさん伝えたいことがある中で、自分の気持ちが上手に伝わる言葉選びや相手に伝わる流れの組み立てに非常に苦心していました。山中さんは、初スピーチということでまず何をどう伝えればいいのか、また福島での貴重な体験やその前後の心の機微をどうスピーチに落とし込むのか奮闘していました。人に伝えるというのは本当に労力を要するもので、準備は出発日前日のミーティングやNYに着いて会議と同時並行での追い込みなど大変なことも多かったと思います。しかしその甲斐があり、終わった後の二人はたくさんの人の感激と祝福で包まれていました。私自身もスピーチづくりを陰ながらサポートした者として、二人の熱と言葉が観客の心に伝わったのを感じて正直ほっとしました。私も二人の背中を見ながらいろんなことを学ばせてもらいました。

また同時に、以前ジャーナリスト・立花隆さんが年初に長崎大学にて特別授業をされた際に述べた、「熱意」と「言葉の力」の重要性を思い出しました。その時は「他人を巻き込むにはどうすればいいのか」という質問に対する答えとして「熱意」と「言葉の力」が大事であるとのお答えを頂きました。まさにそのことを体現する二人のスピーチだったと思います。ここで得た応援や賞賛の声を力に変えて、ぜひ長崎に持ち帰ってその想いを周りに広めてほしいなと思います。

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No.4 Wednesday, 29 April

●ウクライナ情勢とNPTの意外な関係性

●9.11と福島をつなぐもの ~マウントサイナイ大学病院訪問~

AM: Gov’t briefing (UK)、 本会議傍聴、Mayer for Peaceイベント参加

PM: マウントサイナイ大学病院訪問

本日で本会議3日目です。朝9時からあるGov’t briefing(*Gov’t = Government)という政府とNGOとの非公式な会合があるのですが、参加していた世界各地のNGO関係者からは会議が進展しているというポジティブな発言は聞こえませんでした。またこの日のGov’t briefingのゲストであるUK(英国)政府代表も、開口一番、核軍縮が一向に進展を見ないことに対して会議参加者間での「失望 ”frustration”が募っているのは理解している」と述べ、1日が始まりました。

傍聴席はというと、初日の1/10ほどに減り閑散とした状況。日本のマスメディアの方も、この日朝到着予定の長崎市・田上市長や安倍首相の訪米の取材でいらっしゃらず、RECNA(長崎大学核兵器廃絶研究センター)の先生方含めその道の専門家らしき人がちらほらという状況でした。もちろん本会議の各国のStatement(声明文)は後ほどすべてonlineで確認できますし、また本会議と同時並行でNGO主催のサイドイベントが行われているため、その場に居なければならない必要性は少ないです。しかしながら本日はウクライナ、オーストリア、ノルウェーと、国際情勢やNPT再検討会議における重要な国々の発言があるため、私にとっては意外な静けさとして目に映りました。

●ウクライナ情勢とNPTの意外な関係性

ウクライナといえば、クリミア半島を巡り、欧米とロシアとの緊張関係が続いているのは周知の通りです。最近ではこの春にロシアのプーチン大統領が「当時、核兵器を使用する用意はあった」と発言するという衝撃が走りました。私の正直、当時その発言が現実のこととは感じられませんでした。本当に?核の脅威ってそんなに差し迫っていたものだったのか、と。

○クリミア併合時に「核の用意も」 プーチン大統領 2015.03.17

http://www.cnn.co.jp/world/35061854.html

そのウクライナが最初に登壇しました。予想に反せず、冒頭からウクライナ内にあるクリミア自治共和国へのロシアの攻撃を止めるよう、国際社会のプレッシャーを増すことを要求しました。

緊急を要する安全保障上の問題には、通常国連の安全保障理事会(Security Council: SC)にて話し合われますが、国連の他の会議の一般演説を通して国際社会への支援要請や当事国の非難という姿勢を示すというのは珍しいことではありません。ちなみに昨年のNPT準備会議(2014 NPT PrepCom)では昨年参加したOGから、会議開始からウクライナ情勢に関してより多くの国がロシアを非難し全体的に会議が紛糾し、会議の本来の趣旨である核問題の議論が進んでいるようには見られなかったと聞きました。

新しい発見だったのは、ウクライナ情勢が「核」問題と非常に関わりが深いという点です。

旧ソ連時代、ウクライナ・カザフスタン・ベラルーシの3国はソ連の領土だったため、ソ連軍の核ミサイルが配備されていました。しかし1990年に旧ソ連が崩壊すると、核ミサイルはそのまま放置されました。

そのままでは核の管理ができないため、国際社会は3国のNPTへの加盟を要請。一方小国の3国は自国の安全保障のために核の保持をするという選択肢も考慮したはずです。しかし結果的に3国とも核兵器はロシアへ返送するという形で放棄し、非核国として1994年にNPTに加盟しました。

そのときにウクライナとロシアの間に結ばれたのが「ブダペスト覚書Budapest Memorandum」です。ロシアがウクライナの安全を保障することを条件に、ウクライナは核ミサイルを放棄しました。ウクライナの主権を尊重し、非核後の安全保障を担保するというものです。(ただ、ウクライナは解体後の核兵器の核物質であるプルトニウムは平和利用のためということで所有権を主張し、同覚書でも触れられています。)

しかしながら、現在ロシアはクリミア半島を占拠し、国が分断されています。ロシアはクリミア半島は併合済みで「自国の問題」であり、国際社会の非難は内政干渉であるとして取り合おうとしません。

この問題の解決の糸口を国家間の約束事である国際法に求める際、核問題が深く関与するブダペスト覚書という法的な根拠の存在があることを知り、核問題が外交に置いて深く関与していることを改めて感じた出来事でした。

●9.11と福島をつなぐもの ~マウントサイナイ大学病院訪問~

今回の渡航に際し、私の個人的な願いとして、2011年の大震災の時に東北へ支援に入られた方々とお会いしてみたいというのがありました。それは以前講演会等で、NYにいらした医師が震災直後に緊急支援のため福島を含めた東北地方にいち早く入られたというお話を聞いたことがあったからです。

マウントサイナイ大学病院へユースメンバーが訪問するのは、実は初めてではありません。去年の2期生は、マウントサイナイ大学病院が原爆によって顔などに障害を負った被爆乙女の整形手術を行った受け入れ先であるという観点から訪問していました。詳しくは、2期生でありOGとして今回3期生としても参加している西田千紗さんの去年のブログを参照ください(*1)

今年も訪問を快く受け入れてくださったのはロバート柳澤先生でした。ロバート先生はマウントサイナイ大学病院にて内分泌内科を専門として診療を行う傍ら、福島県立医大と協力して東北大震災の被災者の精神的サポートや医大生の研修受け入れを行っていらっしゃいます。特に被災者サポートについては、マウントサイナイ病院の9.11の被害者家族や生存者の精神的サポートプログラムでの実績とノウハウを応用されているとのこと。詳しくは最下段の論文に記載されておりますのでご覧ください(*2)

訪問前に疑問に思っていたのは、9.11と3.11の精神的サポートにおける関連性でした。大きな出来事の後の精神的ダメージ面(心的外傷後ストレス障害:PTSD)は共通しているだろうことが想像できたのですが、テロと自然災害という原因面も、価値観や言語といった文化面も違う2つの場所に適用できる要素は何なのだろうかと疑問を持っていました。

その疑問を率直にロバート先生にお尋ねしてみました。すると、9.11の被害者は3.11の被災者の10年先をいく「先輩」として経験を共有することで生まれるものがあるのだということを教えてくださいました。

2001年に起きた9.11と、その10年後の2011に起きた3.11。壮絶な経験をしたことは同じであり、9.11で大切な方を亡くされたご家族や生存者は、自分の過去を振り返りながら東北の被災者がおかれている時期に自らが経験したことを被災者の方々と共有することで、彼らの道しるべになっているのだと。また9.11の方々がご自身の経験をお話すると、普段は自分から進んで離さない被災者の方が話し始めるということもあるのだと教えてくださいました。

自ら言葉に表せないような辛い経験をしながら、人生の先輩として、ほかの人の痛みに共感をもって寄り添い、未来を照らす。

人との繋がりの力強さを感じた瞬間でした。

また今回は医学科生として訪問させていただき、同じ医学科生である西田千紗さん、1期生であり現在初期研修中の江島健一さんと私の3名で診療にも同席させていただきました。

急な訪問依頼にも関わらず快諾してくださったロバート柳澤先生や当日お会いさせていただきました先生やスタッフのみなさまに心から感謝いたします。

*1:2期生西田さんのマウントサイナイ病院訪問記

https://www.facebook.com/nagasakiyouth/posts/492981417470316

*2:(論文)サダコのおり鶴が繋げる9.11ニューヨーク同時多発テロから3.11東日本大震災への支援 New Yorkと東北の被災経験,お互いに学び,歩むこと

http://www.jamsnet.org/cms/media/3/20150109-_________________________.pdf

http://www.jamsnettokyo.org/…/%E6%B5%B7%E5%A4%96%E4%BE%BF%E….

 

Statement by Ukraine

Mayors for Peace Assembly 平和首長会議にて、田上長崎市長がスピーチ。日本のメディアが殺到していました。

マウントサイナイ病院にて。精神的ケアについてもっとお尋ねしたかったのですが叶わず… 次にまた訪れたいです。

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No.3 Tuesday, 28 April

●日本政府の政策に対し、被爆者・サーロー節子さんから発せられたパワフルな言葉

●新しい動き?:NAC(新アジェンダ連合)による作業文書(Working Paper 9)

AM: Gov’t briefing (NAC)、 本会議傍聴、NGO side event (核兵器と飢餓 by IPPNW)

PM:本会議傍聴

すっかりUpdateが遅れてしまっていまいすみません…日々の活動はvividに心と手元のノートに刻まれており、これから遅ればせながら投稿していきます。

まずは、本号よりも前日(会議初日)のことになりますが、被爆者・サーロー節子さんの日本政府に向けたパワフルな発言を共有させていただきます。

●日本政府の政策に対し、被爆者・サーロー節子さんから発せられたパワフルな言葉

今年は被爆70年。日本から被爆者の方々もNYに多くいらっしゃいっています。しかし平均年齢が79歳を超え、皆さん活動できるのは「今年が最後」と口々におっしゃっています。そんな中、月曜の初日の会議後に国連の1階ロビーにて、被爆者や2世3世によるレセプションが行われました。

その最後に広島の被曝者であり現在カナダ在住のサーロー節子さんがスピーチをされました。

彼女の目前には、アンジェラ・ケイン国連軍縮問題高等代表や各国代表者の一部、広島市・長崎市両市長とともに、日本の佐野利男軍縮大使など、この課題の主要人物が同席していらっしゃいました。

節子さんの言葉で、それまで和やかな雰囲気だった場がガラリと変わりました。

それは節子さんご自身の被爆体験や核兵器廃絶の平和活動をもとに、日本政府の核軍縮に対する煮え切れない態度を辛辣に批判するものでした。唯一の被爆国として核廃絶に向けたリーダーシップをとるべきなのに、核の傘下にいる政策のためそれを行っていない日本政府に対する意見です。

自分の故郷である日本の政府の政策に対する痛烈な批判です。しかも政府の当事者が目前にいる中で、です。私は鳥肌が立ちました。私の頭の中もその衝撃で揺さぶられました。

節子さんは核兵器の恐ろしさを述べるにとどまらず、日本政府は核廃絶に向けた明確な戦略がなく、70年間被爆者が命の限りを尽くして訴えてきた完全なる核廃絶の声を無視する「裏切り(”betrayal”)」であるとおっしゃいました。

節子さんは、被爆というご自身のいう特別な運命(”exceptional fate”)を強要され、若いころから平和活動家として日本や海外の同志とともにその人生の時間とエネルギーを核廃絶に費やしてこられました。政府に対して発言をされるのは、初めてではないはずです。

しかしそれを直接その場で聞いていた私の心には、言葉では表しきれない強い印象が残りました。

加えて、批判を面と向かって政府に(レセプションなので公式な外交の場ではないにせよ)オープンな場で言う、しかも日本国外でというのは、少なくとも私にとっては衝撃的な出来事でした。通常であればこのようなオープンな場での発言は、政府のメンツを潰し態度を硬化させるという逆効果にもなりかねない可能性もあります。しかし被爆者として節子さんが背負った運命とこれまでの活動、その他の大勢の被爆者の核廃絶への強い想い、そして使命感を目前にし、その力強さを感じたとともに私はどうこれを表現し理解していいものかここ数日頭の中を駆け巡っていました。

また果たして、日本において日本政府に対してものを申す存在はいるのか… 反対意見が面と向かって言える健康な社会と現実のギャップ、自分自身とのギャップを感じた一瞬でもありました。

●新しい動き?:NAC(新アジェンダ連合)による作業文書(Working Paper 9)

朝9時から、NGO主催によるGovernment briefing(政府による非公式ミーティング)に参加しました。ここでの発言はオフレコのため詳しくは紹介できないのですが、毎日1つの政府あるいは政府間グループが招かれ、NGO代表者のみならずその場にいる誰もが質問できます。

会議初日の歩み寄りや新しい動きのなさによる少々重い空気の中、NAC(新アジェンダ連合)を代表してニュージーランド大使が招かれました。

すると、NACは作業文書を提出し、3本柱の一つである核軍縮において定められている「効果的な措置」をどのようにするのか提案を行ったとの発言がありました。会場には少しばかり前向きな雰囲気が広がったように感じました。私自身も、各国の一般演説を聞く限り動きが感じられなかったのですが、やはり会議の裏では物事が動いているのだと、当然のことですが、改めて感じた瞬間でした。これが現場で会議に参加している醍醐味であると、ワクワクした瞬間です。

詳しくは、我らがRECNA中村桂子先生がこちらにて発信されています。ぜひご覧ください。

☆RECNA NPTブログ 短信1:新アジェンダ連合(NAC)提案はブレークスルーを生むか?https://npt2015recna.wordpress.com/…/%e7%9f%ad%e4%bf%a11%e…/

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★補足

○日本の立場

あまりこの問題になじみのない方に少し背景をご説明すると、日本政府は唯一の被爆国ですが、同時に米国の核の傘下(”Nuclear umbrella”)におり「核抑止論」に依って立っています。

「核抑止論」とは、核兵器の保有が、結果的に相手に攻撃することを思いとどまらせ、平和の維持に役立つという考え方です。「核兵器の存在が、平和の存続に有益である」一言でいうとそういう主張です。

日本の場合、北朝鮮や中国など北東アジアが困難な状況であり、日本が自国の安全保障を確保する手段として核抑止、つまり核の力に頼る政策を取っているという背景があります。

唯一の被爆国としての経験から(その程度に差はあるものの)被爆者を含む国民が核廃絶を望みながら、米国の核の傘下にいるという現実。これが日本の抱える矛盾です。

○批判点、

具体的には、節子さんは力強い声で下記に触れられました。

・昨年末にウィーンで開かれた「核兵器の人道的影響に関する国際会議」における日本の佐野軍縮大使による発言は、「見当違い(”irrelevant”)」である

・昨年の長崎大学での岸田外務大臣の発言は、「誤解を招きかねない(”confusing”)」

・核廃絶に向けた法的枠組みの強化を求めるオーストリアの誓約に、日本政府が賛同しなかった

よって、日本政府はこれまで70年間被爆者が訴え行動を起こしてきたことを傷つけ(”undermine”)、裏切り(”betrayal”)である、と。

以上の点は、核軍縮に詳しい人にとっては馴染みのある点ですが、被爆地以外の日本では大きく取り上げられていないのが事実です。

これらの点は、今回の焦点の一つである核兵器の「非人道性(”Humanitarian consequence”)」にも強く関連しています。詳しくはまたの機会に。

 

サーロー節子さんが登壇。最前列に松井広島市長(左から5人目)、アンジェラケイン国連軍縮担当上級代表(右から3人目)、佐野軍縮大使(右から2人目)。長崎の被爆者・谷口稜曄氏も(左から3人目)。
Gov’t briefing with NAC。代表してニュージーランド大使(右の女性)が発言中。

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No.2 Monday, 27 April

●NPTって何?

●初の会議傍聴

AM: 国連にて会議傍聴

PM: 国連にて会議傍聴、広島長崎平和アピール集会

夕: 被曝者らによるレセプションイベント@国連

NPT再検討会議2015が昨日いよいよ開幕しました。

今週一週間は、一般演説(General Debate)といって各国が順番に自国の主張を演説します。この日は日本、米露中など主要国に加えIAEA(国際原子力機関)らの演説がありました。

今回は初の会議傍聴の感想を共有します。

その前に、、、

●NPTって何?(すでにご存じの方は飛ばしてくださいね)

NPTが一体どんな条約なのか、大多数の方はご存じないと思います。ということで簡単にご紹介させてください。

NPT(核兵器不拡散条約)は、核兵器を廃絶することを目的に1970年に発効された条約です。下記の「3本柱」で成立しています。

1)核軍縮(Disarmament/Abolition/Elimination):核兵器をゼロにする(核廃絶)。”垂直拡散”(Vertical proliferation)の防止とも。

2)核不拡散(Non Proliferation):定められた核保有国以外、核を保有させない。”水平拡散”(Horizontal proliferation)の防止とも。

3)原子力の平和的利用(Peaceful use of Nuclear energy)

これが不平等条約といわれる所以は、この条約の大前提として、核兵器を「持てる国」(核保有国)と「持たざる国」(非核保有国)という隔たりがあるためです。1967年時点で核を保有していた米露英仏中は「核保有国」として認められ、それ以外の「持たざる」国は核兵器保有国になることを禁じられています。もちろん、核保有国は「誠実に核軍縮交渉を行う義務」を持ち、自国における核廃絶の責任があります。一方で、「持たざる国」は原子力の平和的利用を「奪い得ない権利」として認められており、条約に加盟して一定の責務を果たせばIAEA等を通じてその支援が受けられる仕組みです。発展途上国にとって、あるいは安全保障上エネルギー確保を原子力なしでは他国に依存せざるを得ない国にとっては重要な権利となっています。

●初の会議傍聴

5年に1度の本会議よろしく、傍聴席は特に日本からのメディアを含めたくさんの人で埋まっていました。ただ会議場は一見すると人がまばらで、自国の演説時間になっても現れず順番を飛ばされる国もいくつか見られました。国際会議ということでどこか異常な緊張感を予想していましたが、私たちが思っているほどの緊迫感は少なくとも傍聴席からは感じられませんでした。

以下は私が感じることがあった日米演説のハイライトです。

○米国

現在1万6千以上の核弾頭がこの地球上に存在していますが、その大半を所有するのが米国とロシア。

その米国は終始一貫して、「三本柱」の2)核不拡散は、持たざる国々にとって交渉の余地のない(”non-negotiable”)責務であるとその演説の大半を使って説明していました。2003年に一方的にNPTを脱退し核開発を続けていると見られる北朝鮮や、加盟国ではあるものの同様なイランの更なる規制の受け入れなどです。

また自国の1)核軍縮については、安全保障上最低限の核配備しかしておらず、真剣に熱心に取り組んでいる(”serious and committed”)ものの、国際社会における懐疑的な見方(”skepticals from int’l society”)が邪魔をしていると述べていました。

これは一見すると論理的で、かつJohn Kelly国務長官の自らの海軍における経験を交えながらの演説により、聞き手としてぐぐっとひきつけられるものはありました。が、中身は自国の核軍縮が進まない理由を国際社会や人類は争う生き物であるという”本質”のせいであると責任転嫁し、「持たざる国」の不拡散が先であるといった自己中心的な論点のすり替えであると私の眼には映りました。(いつものことかもしれませんが…)

もちろん軍縮も不拡散もどちらも等しく重要なのですが、等しく重要であるからこそ、自国が責任を持つ自国の核軍縮について行動で示してほしいとの願いは届くのでしょうか。

○日本

とはいえど日本政府も、唯一の被爆国として核軍縮に向け行動で十分には示せていないのが現状です。

外交は大きく「自国の安全保障」と「人道性」を確保することが重要ですが、その安全保障を日米安全保障条約に代表される日米同盟関係に依存し、「核の傘」(自国は保有しないが、同盟関係にある他国の核兵器の存在によってその他の国からの攻撃が「抑止」されているという思想・体制)の下にいる国です。

そのため、米国の顔をうかがいながら行動し、被爆国として核軍縮のリーダーシップを取れていないのが現状です。

今回は広島県出身の岸田外務大臣が日本の外相としては10年ぶりに登壇しました。広島長崎の惨劇と核のない世界を訴えている点は被爆国としての当然の声ですが、そのプレゼンスを十分に発揮し、核廃絶に向けて自らリーダーシップをとるに至る発言は聞くことができませんでした。

国内ニュースでは特に可もなく不可もない報道がされているように見受けられますが、被爆者や非核兵器国など核廃絶を強く願う人々からは落胆の声が多く聞こえます。

夕方のレセプションは、被爆者・サーロー節子さんから日本政府に向けた、非常に強く憂いに満ちたメッセージが発せられました。ここ数年で盛り上がりを見せている核兵器の「非人道性」に関わる論点です。

こちらはまた次号でじっくりお伝えさせていただきます。

それではこれから3日目の会議に行ってきます(´▽`)ノ

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No.1 Sunday, 26 April

NPT会議前夜の日曜日、Peace Rally & Festival(デモ行進&お祭り)にみんなで参加してきました。

春風そよぐ晴天の中、NYの街を世界中から来たNPTにまつわる人たちとともに大行進。

実は参加前は、「デモ」なんて聞くと、怒りも入ってきてちょっと恐ろしいかも…と感じていたのですが、参加して思ったのは「楽しいかも~」という感覚でした。

人々が趣向を凝らした格好や、楽器を弾いたり踊りながら参加しているのもありますが、何よりそこで出会う人々との「一期一会」がとても楽しかったです。

笑顔がステキな熊本の看護師や、そうとは知らず通りがかってデモに加わってくれたNYの高校の先生、陽気なインド人の活動家etc…

こういう「楽しさ」が、個々人の活動を支え盛り上げる大きなエネルギー源の一つなんだなぁと実感。やっぱり何事も楽しくなくちゃね。

顔合せの食事の後は、帰宅後は明日の初プレゼンを控えたメンバーの最後の追い込みをサポート。

彼らの晴れ舞台での活躍を楽しみにしています♪

 

みんなでNYの街を闊歩中。
メンバーと中国新聞のJrライター(高校生!)とのご飯会。

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No.0 Friday, 24 April

乗り換え先のChicagoからこんにちは。

初めまして、長崎大学医学部3年の荒倉由佳です。

日本時間は早朝ですが、こちらは私たちの高まる緊張感を表したかのような、すこし肌寒い夕刻を迎えています。

初参加となるユース代表団の現地活動を目前に控え、私の今までとこれからの想いを共有させていただきます。

是非皆さんも、私達の旅路にご一緒してみませんか?

少し長くなりますが、お付き合いいただけるととても嬉しいです。

●「君は一体NYに何をしに行くのか?」

出発前にたくさんの人から問いかけられた質問です。

その文脈は多様で、ある人は国連に行くらしいね、頑張ってね、と応援の声をかけてくれる人もいれば、

「核兵器廃絶なんて本当に実現できるの?!」と率直に質問を投げかけてくれる人もいました。

特に、私が以前別の大学で国際関係学を専攻し社会人を経て現在医学部で学んでいることを知る場合、なぜ「また」国際的なことを、よりにもよって「医学とは一見関係のないこと」をしに行くのかと疑問に思っている人は少なくないと感じました。

ごもっともな疑問だと思います。私自身も応募前から意識している点です。

私の想いをここでお伝えさせてください。

一つは、一人の長崎県民として、長崎が原爆投下から背負っている宿命というべき核廃絶のテーマに私も共に向き合いたいという想いです。

昨年春に初めて長崎に移り住んで以来、街角やメディアなどで目にするNo More Nagasakisの声の大きさによって自分の街で起こる身近なこととして捉え始めました。

同じ長崎の地に住む被爆者ならびに2世3世の方々や、縁のある平和活動家の胸をお借りして、長崎というレンズを通して世界を見た時に自分がどう関わることができるのかを見出したいということがあります。

もう一つは、HPの自己紹介*でも述べたように、「正しいことを正しい、間違いを間違い」というのは大事なことではあるけれども、それだけでは人は動かないのではないかという疑問を解く鍵を見出したいという想いです。

以前の大学では学問という土台の上でべき論を友人とたたかわせ、社会人時代にはべき論を説くだけでは人は思うようには動いてくれないことを痛感した今、感じることがあります。

それは殊に国家の安全保障という重大で複雑な事柄は、もちろんべき論も大きなドライバーの一つではありますが、ある者にとっての正義と別の者にとっての正義がぶつかり合う中で一つの方向に物事を動かしていくことは、それだけでは容易なことではないという点です。

また、一人で出来ることは限られています。

自分の所属するコミュニティーにおいて、如何に人を巻き込み変革へのmovementを起こしていくか。その鍵を見つけたいという気持ちがあります。

そして最後は、ユースやRECNAサポーターと共に私たちの考えや提案を世界に問うてみたいという想いです。

扉をノックしてみれば、明日見える景色は違って見えるかもしれない、と思うのです。

私たちは5月7日(木)午後に国連内の会場にてNGOとしてセッションを主催します。

”Society and Governments’ Attitude Toward the Nuclear Weapons: A Proposal From the Youth of Nagasaki”と題し、以下3つの発表を行います。

1)「平和教育」の在り方:ユース主催の学内アンケートを元に現在の平和教育を問い直すと共に、学生による新しい平和教育の実践を紹介。

2)若者の核問題や平和活動への「意識」:関心が薄い長崎の若者層の実態や、国内外で活躍する若手の平和活動家達のプレゼンから、大勢の若者の関心を喚起する上で重要な要素を分析。

3)日本政府への提案:日本政府が今置かれた立場を整理し、核軍縮におけるリーダーシップを発揮するための一歩を若者として提案。

今回のユースの特長の一つは、本会議のVisitorあるいは国連へのMessengerとしてだけでなく、自分達の分析や提案をPresentする点だと思います。

私自身は2)のテーマを探りつつ、全体の黒子として、メンバーひとりひとりの考えや提案を伝わりやすく、時に既にメンバーの脳内にあるよい考えを引き出すことを試みつつ、一緒に一生懸命準備しているところです。

これから2週間、今目の前で動いている国際情勢の渦の真っただ中に飛び込んでみようと思います。

たくさんの素敵な出会いに恵まれますように。

*HPのメンバー自己紹介:http://www.recna.nagasaki-u.ac.jp/recna/nagasaki-youth/member_third

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