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Ayumi’s Blog  【Another time will be coming】

No.11 Friday, 8 May

El último día en las Naciones Unidas, estoy cansada y contenta de la mejor manera en mi vida

(The last day in UN I am exhausted and happy in the best way)

ついに、国連での最終日。昨日NGOルームの発表が終わり、どっとした疲労感に襲われる中、今朝メンバーの半分は帰路につきました。少しだけさみしい気がします。

今日はRECNAの先生方が長年研究されていた北東アジア非核兵器地帯へ向けた包括的アプローチへの提言についてのフォーラムがあり、残りのユースメンバーで資料配布などのお手伝いをしました。あいにくほかの重要な会議と時間が重なってしまい、人が少なかったのですが、中国の政府関係者が来てくださったことや、意見を国連で発表したということに大変意義があると思いました。このイニシアティブがじわりじわりと広がる少しのきっかっけになったと信じています。

なんとなく、この二週間を振り返るととてつもなく充実していました。この二週間が私にとってどんな意味を持ったのか。

まず、NPTに対する悪い意味での裏切り。これはUNに来て生で見聞きしたからここまでリアリティをもって感じられたことだった。核問題に対する興味があってここまで勉強してきたからこそのショックだったし、自分にとっての大きな気づきだった。そしてやはりNPTの中でも諦めずに声を上げ続ける国の存在や力強いメッセージで核なき世界へリードをしているNGOの存在。この会議での傍聴が失望に終わらなかったのはまさに彼らの熱意を間近に見ることができたから。そしてユースの活動を通してこの「壁」ジレンマにぶつかってほしかった、でもここで諦めたら本当に「ゼロ」、私たちが変えていけることがたくさんあるっていうけいこ先生の想い。授業でもレクナでもお世話になってきた先生、一核廃絶へのファシリとしての強い気持ちを見せてもらえたことで、私たち学生と同じ立場に立って真剣に向き合ってくれていることが伝わって本当に嬉しかったし、たくさんの勇気をもらった。核問題はもちろん、それに関連して勉強したいことが山のように増えた。

学部を越えたユースメンバーとの繋がり。こんなにもすてきな仲間ができて、感謝ばかり。毎日国連から帰っても核問題のこと、人生のこと、話が尽きなくて本当に刺激し合える人たちに囲まれて最高に幸せな二週間だったし、これからもその繋がりを大切にしたい。

最後に。こんな素晴らしい機会を与えてくれ、応援してくれた、長崎のみなさま、RECNAの先生方、その他すべての方々に感謝の気持ちを伝えたいです。そして、勇気を出して一歩踏み出した自分にも感謝です。本当にありがとうございました。

ここからがまた始まりだーーーーーーーーーーーー!!!

p.s. NYでのすべてを終えたので、明日はいよいよバック・トゥ・パナマです。二年ぶりに家族(パナマの家族)に会いに行きます。スペイン語非常に心配..でもスパングリッシュ(English + Spanish)でなんとか乗り切りまーす。では、adios!!

そして最後の最後に、ここまでたくさんのことを助けてくれたみんな大好きけいこ先生へ感謝の気持ちを込めて、ヒロシマのKokoさんの言葉を添えて。

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No.10 Thursday, 7 May

記憶を遡る…

今日はPeace BoatとHibakudha Stories による企画での簡単なスピーチ、みんなが以前から時間をかけて準備してきたNGOroomの発表がありました。(NGOroomの方には直接関わっていないので、省略します。発表はコンテンツが充実していて、とても見応えのある素晴らしいものでした。ぜひ、報告会に来て、その内容を確かめてください!)

Peace BoatとHibakusha Storiesの企画にてのスピーチは最初ナガサキユースの簡単な紹介にする予定だったのですが、思いの外ゲストスピーカーのパーソナルストーリーが多くなるとのことだったので、ユースの一メンバー歩海の感じることを発表しようということになりました。

なんとなく、話したいことと言われれば一番に思いついたことはやはりこの再検討会議に対するある種のショックのようなものでした。なので、私が感じたdepressionについて率直に原稿を書いてみました。内容は、簡単にすると、今まで自分が核問題に取り組んできて、でも実際世界から明日にでも核兵器がなくなるわけでもない自分に対する無力感のジレンマ、更にこの会議の傍聴に来て悪い意味で会議の静けさや政府の言うことに対するショックな気持ちなどです。もちろんその中でポジティブな面としてNGOの大きな力や、NPTの中で頑張っている国々(非人道性の観点や軍縮においてP5に対して物怖じしない姿勢の国々)のことも取り上げました。でも、言いたかったことは前者の方だったと思います。

私はこのスピーチが終わったあと、自然と自分の意見を客観視していました。なんとなく、このNPTに対する無気力感というのはここに集まっている多くの核廃絶へ向けて動いている人たちがずっと味わってきたことなんじゃないかと、思いました。そして、そのモヤモヤを越えたところに、みんなはいるのだと気付いた気がします。あたりまえのことかもしれませんが、私にとっては、ここまでのプロセスを踏んではじめて腑に落ちたことでした。

先生が「そう感じるのはごく自然なこと。私だけじゃない。多くの若者が感じていること。でも、ここでやめたら、本当に【ゼロ】。少しの可能性を信じて続ける意義がある。これまで社会を変えてきたのはいつだって市民やそこに住む人たちだった。それはこれからもそうなんだよ。今回ユースに参加して、その【壁】にぶつかってほしかった。これからも一緒に頑張ろう」と言ってくださったのが、本当に感動して、涙ぼろぼろでした。笑 言葉にはうまく出来ないです。

私が話したことはオーディエンスからしたら、なんら平凡なことだったと察します。でも、これだけ自分の考えたことを人に聴いてもらえる機会があったことにとてつもない感謝です。

明日はいよいよ最終日♩何が待ってるかな

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No.9 Wednesday, 6 May【The time has come】

あいうえお。NGOルームの発表とPDPの完成とPEACE BOATの簡単なスピーチに追われて、ギスギスしてる感じが拭えないです。慣れないアメリカでの生活、会議場から帰ってもずっと動きっぱなしで、頭がショートしてます。

休憩も兼ねてBlogを投稿します。

今日は朝からgovernment briefingに出て、そのあとはMain Committee|||(原子力の平和利用)の会議を傍聴していました。会議では先週のGeneral assemblyと同様ステートメントを読み上げる感じに進んでいました。このような国際会議に初めて出る私としては、会議自体が前に進んでいるのか、それさえも見極められないです。この感じでいくと、22日に合意文章が出せるのか、不思議でしかたないです。そもそも2010年のアクションプランがどの程度履行されたのかも、怪しいです。会議がカオスなのか、裏で何か動いているのか、モヤモヤは膨らむばかりです。

その他にはレクナ教授が出すリアルタイムNPT blogを読んで会議の要点を復習したり、レクナ教授で以前は原子力委員会で働かれていた達次郎先生とお話ししたりしていました。

個人的に気になっていたMOX燃料のことはすべてクリアーになりました。どうやら日本原燃のネットで見た、2017年10月に完成予定とされていたMOX工場の情報は本当らしいです。場所は再処理施設のある青森の六ヶ所です。再処理施設とMOX工場が地下で繋がっているらしく、使用済み核燃料を地上に出すことなく移動出来るそうです。このような仕組みをとっているのは世界でそこだけだと言っていました。現在、MOX燃料を受け入れ可能としている施設は全国で4-5箇所だそうです(福島の3号機もそのひとつです)。原子力委員会や政府が圧力をかけても、最終的には県知事がYESと言わない限りは原発をはじめ、MOX燃料も燃やせないようになっているそうです。その仕組みを安全保障協議会(?…覚えていないので、また正しい名前がわかれば書き直します) というらしいです。実際、MOX燃料はウランの一部分をプルトニウムに替えているので、中性子の量が濃縮ウランよりも多く、事故があったときに放射線の被害が大きくなるという研究結果があるそうです。あと、原子炉の中もMOXように変える必要があるそうです。話を聴いていると、ウランよりも少し複雑な印象を受けました。受け入れに反発する自治体も多いそうですが、MOXが本格的に動き出せば受け入れざるを得ないところも出てくると予想されます。もんじゅのことに対しても、これから5-6年かけて運転をしていく方針だそうです。もんじゅは93年に完成して2年動かしたあと停めていて、そのときから現在まで年間およそ200億円を費やして維持しています。思わず、「意味あるのかなぁ〜、完成する見通しもないのに」と溢れた言葉に先生も苦笑い。笑

私もこの手のことにあまり詳しくないので、日本に帰ってから原子力の物理化学の分野は詰めていきたいです。

あんまり書きたくなかったのに、こんなにたくさん書いてしまいました(^_^)

p.S. 明日はみんなでパーリナイ!写真は、けいこ先生です♡

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No.8 Tuesday, 5 May【The time has come】

Hoy hacia tan calor como el verano..

切羽詰っているのじゃなくて、努力しているんだ!!

(明後日のNGOの発表のスピーチの暗記中に)

今日の名言byゆかりーぬ

二週目に入り、目に見えない疲れが溜まっています。いろいろ反省することがあります。あと少し。ちゃんと朝からgovernment briefingに出て、しっかり会議を傍聴します。

今日は朝からドイツ学生とのディスカッションの準備でこころに余裕がなかったと思います。

ディスカッションは軍縮教育家のキャサリンさんの旦那さんの家で行われました。ドイツからのグループはダルムシュタット工科大学とハンブルク大学から来ていた学生で構成されていました。お互いのグループに関する簡単な紹介と、お互いの国のpeaceful use of nuclear energy policyについてのプレゼンをした後、小グループに分かれてディスカッションをしました。physics,engineeringを専攻している学生が多かったので、民生利用の話でも専門的な話だったので、意見を言うことが難しかったです。

ドイツは現在8基ある原発のうち、福島の事故を受けて4基を停止している状態です。2022年までには原発ゼロにすることが決まっています。4基を今も動かしているのは、震災時に保有していたプルトニウムをフランスの工場で変えてもらったMOX燃料として消費するためです(実際、MOXに再処理する際にウランを混ぜるので、結局プルトニウムは出てしまうそうですが、量は減らせるそうです)。ドイツ学生はそのことに対しておおむね賛成しているようでしたが、結局核エネルギーからシフトするためにはしばらく赤字になること、これからどのくらい発電に費用がかかるのか正確には計算できていないこと、フランスとの国境沿いにある原発事故のことなどの懸念がありました。以前はウランを海外から輸入していたし、現在主に発電に使用している天然ガスもロシアから輸入しているということも言っていました。国の政策に対する一般のひとの意見を聴くことは、なかなか出来ないことなので、貴重な機会だったと思います。

ここからが本当に書きたいことです。

ディスカッションのあとに個人的にひとりのドイツ人とお話しました、そこで話したことを少し書きたいと思います。

ドイツのホロコーストと被爆者のお話です。一番大きく感じたのは、政府の伝えようとする意識の違いです。日本ではそれこそ原爆のこと「被害を被られた事実」は多く語られることに対して「被害を被った事実」はあまり語られません。私は高校のとき世界史の授業は柳条湖事件の始まりが「どこからともなく銃弾が飛んできて、それが日本兵にあたった、それが中国人の仕業だった」と教わりました。私は幸い他の教材で勉強していたのでそのことを信じることはなかったのですが、中には信じてしまった人もいるかと思います。あと、長崎にある民間人によって建てられた岡まさはる記念館のことも館長さんは「ずっと記念館の存在を知ってもらうために看板を立てる話があるけれど、長崎市がそれを許してくれない」という話をされていました。日本はまだまだ加害面に対する意識が低いと思います。橘隆さんは「真の平和運動は黒の死体(被害を受けた事実)からではなく、赤の死体(加害の事実)から生まれなければならない」と言っていました。私も、強くそう思います。

ドイツでは、毎日どこかの局がナチス時代のドキュメンタリーを放映していて、それこそ証言は聴こうと思えば簡単に聴ける環境があるそうです。学校でもそのことはよく教えられることだと言っていました。それは、政府が「2度と同じことを繰り返してはいけない」という強い思いがあるからだと言っていました。ドイツ人はナチス、ホロコーストの黒い歴史を恥じているし、罪悪感すら感じると言っていました。

他にも、日本人は韓国人や中国人どう思っているのか、自分たちがしてきたことに対する責任や罪悪感を感じるのかなど、様々な考え方をシェアしました。

今日はこのくらいにしておきます。PDPの最終仕上げをしていこうと思います。

p.s. 最近日本の再処理工場計画についての疑問が多いです(2017年にMOX工場完成って、本当なのかな)。金曜日のワークショップでいろいろ質問したいと思います。知らないことだらけで、、、ちょっとパニックですが、日本に帰って勉強したいことが増えたと思ってstill前向きです!

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No.7 Monday, 4 May 【The time has come】

NPT 開幕から二週目に入りました。一週間にわたりおこなわれてきたGeneral Debateがようやく終わり、今週からMC(Main Committee)でNPTの三本柱についてそれぞれ別の会議場で話し合いが進んでいきます。この一週間で感じてきたNPTに対するモヤモヤを晴らすべく、初日への期待が大きかったのですが、残念ながらこの日会議に少ししか出られませんでした。

というのは、明日に控えた交流会のことで予想以上に時間がかかってしまったからです。ドイツ人学生と明日の打ち合わせをしていると、どうも話が合わない...。お願いしていたプレゼンの内容ともどうやら大きく違う様子。でも今更作り直してもらうのは無理だということで、スライドを少し内容に沿ったものを増やしてもらうという妥協点に至りました。

このちょっとした話し合いの場でも、「日本人だな私たち」と思わされるところが多かったです。思ったことを言葉にすることを躊躇してしまったり、(もちろん英語力云々の問題もそうなんですが)「伝えたい、伝えよう」とする姿勢が海外の学生と比べると弱いのです。「海外の人たちは自分の意見をひとに伝える練習を日本人よりもはるかにしてきている、でも気持ちの面で負けないように、言い負かされないように」という言葉をアメリカ人とおこなったアートワークショップの初日で言われたことが頭の中に思い起こされました。

明日は、ドイツ人とのディスカッション、気持ちの面で負けないように言いたいことが伝えられたらなと思います。そして明日こそはMCの傍聴をしっかりしたいです。

p.s. 日曜日はみんなでブロードウェイのアラジンを鑑賞し、夜は江島会にて美味しいお肉に舌鼓。束の間ウィークエンドは最高でした。昨日に舞い戻りたい気分はさておき、また一週間ガンバローウ!!

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No.6 Friday, 1 May 【The time has come】

NPT=無気力、自己満足

各国のNGO(ピースプラネット、アンフォードゼロなど)代表者が政府関係者に直接物申すNGO presentationに参加しました。どの団体のスピーカーも、核廃絶にとても熱心で「ABOLISH NUCLEAR WEAPONS RIGHT NOW」という声が何度も何度も会議場に響いていました。NGOの人たちがNPTのファシリテーターなら、明日にでも核兵器禁止条約は出来そうだと、彼らの熱意に圧倒されていました。彼らは共通して、NPTで核兵器国に軍縮を任せたら何もすすまない、ならば他の方法で、自分たちのちからで進めていかなければならないと強く主張していました。

続きはまた明日書きます。明日はドイツ学生とのディスカッションがあるので、夜な夜なパワポを準備しています^^

 

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No.5 Thursday, 30 April April

朝、平和首長会議で他のユースメンバーのプレゼンを見届けたあとは、宇宙人(ふみくん、ゆかりーぬとともやくんの許可を得たよ)の特別授業を見にNYニュージャージーにある日本人学校育英学園に行きました。私は、授業の構成で前日の夜中まで悩んでいる彼を見ていたので当日はうまくいくのかドキドキしていました。授業の構成を考える段階で、自分の伝えたいことを伝えるためにはどんな教材が必要なのか、話し合いのテーマはどうするのがいいのか、どんな言葉を用いたらいいのか、高学年の子たちにはどのくらいの話なら受け取ってもらえるのか、考えることが盛りだくさんで、一緒に考えることがとても楽しかったです。いつも何気なく受けている大学の授業も、先生たちの工夫が詰まっているのだと実感しました。生徒の子どもたちが、二時間もの授業を集中力を切らさずに、何枚も紙に一生懸命学んだことを書いている姿がとても印象的でした。とてもいい授業になったと思います。

夜は、JAPAN SOCIETYでちさみそとともえちゃんのスピーチを見てきました。

私たちが核問題に取り組んで、核廃絶に繋げていけるモチベーションがNYに来てから毎日少しずつ集まっていると思います。二人のスピーチでは、カナダのデミトリさんがファシリテーターとなって市民レベルで核問題に人々を巻き込んだ結果、アメリカの戦術核をすべて取り除いたという例が出てきていました。このお話は、以前医学部に橘隆さんが来てくださった際に初めて聴いたものです。また、思い出すことが出来ました。このかけら[piece] が集まって自分の中で[peace]をつくっていきたいと思います。

 

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No.4 Wednesday, 29 April

今日は朝から本会議に出てきました。この日頃から、会議の内容が頭にあまり入ってこなくなったような気がします。それは、ほかのメンバーがブログに書いているように、多くの国のステートメントが似ていて単に聞くことに飽きてしまったからだと思います(この前日のブログにどう似ているのかを書います)。昨年度後期から全学モジュールで「核兵器のない世界を目指して」の授業やRECNAやユースの活動を通して核問題の勉強をしていくなかで、核兵器は本当に廃絶できると信じてきた。けれど、この本会議で政府のステートメントを聴いていると、その希望が徐々に薄れていくように感じます。まだ、NYでのすべての日程を終えたわけではないので、結論づけることは今はしません。

このモヤモヤをある2人のひとに話してみました。1人は某RECNA教授、もう1人は長崎と広島でおこなわれたワークショップでの作品作りのヘルパーさんとして来ていた広島出身の写真家の方です。そのとき考えたことを書きたいと思います。

教授は10年間この問題に関わってきた中で、この分野に関する多くの国際会議に参加してきた、だからそれらを踏まえたらステートメントのどの部分を特に注意して聞く必要があるのかがわかるし、政府代表のちょっとした言動の変化にも気づくことが出来る、と言っていました。政府の多くがステートメントの中で「もっと効果的に、確実に核軍縮をおこなう必要がある」というようなことが多分に聞かれたけど、具体的な措置や手段がその場で述べられるわけはなく理想論を展開しているに過ぎないと感じてしまいました。でも来週からは各クラスターに分かれて、話し合いが行われるそうなのでそっちに期待したいと思います。もう1人の写真家さんは、核問題に関わって5年ほどになるそうで、2010年に行われた再検討会議の他、何度か国際会議にも参加したと言っていました。その方にとっては今回の再検討会議は2回目になります。5年たっても「何も変わっていない、ずっと同じことを言っている、これは茶番だ」とまで言っていました。核兵器の話に世のひとを注目させておいて、水面下ではもっと強力な大量破壊兵器を作っているんじゃないか、だとしたらこの会議は不毛だと。なんとなく、それを聴いている少しだけ悲しい気持ちになったし、それと同時にどこか納得している自分もいました。この気持ちを言葉にするのは難しいです。

また気が向いたら書きます。

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No. 3 Tuesday, 28 April

今朝も、Japan Societyで行われたキャサリンさんの”Hibakusha Stories”の特別授業を見てきました。

今回のゲストスピーカーは、昨日に引き続くサーロウせつこさんと山下やすわきさん、そしてなんと、、、トルーマンの孫のDanielさんも来ていました!!!

公演の中でダニエルさんのお話が印象的だったので、少し書きたいと思います。

彼は祖父のことが大好きだったと言っていました。でも、彼の決断がヒロシマ・ナガサキで20万人以上もの命を奪ったと考えると、複雑な気持ちになると言っていたし、自分自身が負い目や責任を感じるときがあると言っていました。祖父から一度も原爆の話は聴いたことがなかったと言っていました。なので、彼が最初にその事実に触れたのは教科書や先生を通してだったと言っていました。それから広島の禎子さんの千羽鶴の話を知ったり、広島や長崎へ来たりしたそうです。初めてface to faceで被爆者の方とお話をしたのがサーロウせつこさんとだったと言っていました。彼は、自分の祖父が犯した罪により傷ついた”被爆者”に会うことがとても怖かった、そしてサーロウさんも自分に会うことがとても嫌だったのではないかと話していました。実際サーロウさんは、横に立つのも最初は嫌だったと言っていました。

ダニエルさんの話が終わってから、彼はサーロウさんの手を握り笑顔で「but now we’re friends. 」と言っていました。

私は今日まさかダニエルさんに会えると思っていなかったので、とても驚きました。彼の揺れる気持ちを聴き、本当に貴重な体験だったと思いました。

本会議には午後から参加しました。やはり、各国のステートメントが似てるなあと感じました。もちろん、核兵器保有国と非保有国(その中でも日本のように核の傘にある国とそうでない国、非核兵器地帯に入っている国とそうでない国では違うのですが)とではいうことも変わってきます。保有国や核の傘の国であれば、DPRKへの不満は少なからず出てくると思います(これはある種多国間で共通の‘敵’を決めておいて、攻撃することで自分たちの課題から目をそらさせる作戦)、あとは核軍縮に前向きである姿勢をちらっと見せるようなコメントをします(実際にどこまで本当なのかはわかりません)。さらに、北朝鮮やイスラエルなどのNPT外の保有国に対する警告としてFMCTの設置を促すようなコメントも出てきます(結局核軍縮はする気がないけど、これ以上増やそうという気もないから、nuclear productの生産が制限されることはP5にとっては大きな問題ではない)。逆に非保有国である開発途上国や小国、非核兵器地帯内の国であれば必ず核軍縮が進んでいない、もっと効果的に進める、ちゃんと進めたことを証明する方法を考えるなどのP5に対する不満が多く聞かれます。

会議中に出てくる専門用語は勉強してきたにも関わらず、結構忘れていたりするので昼休憩などにけいこ先生に聞いたりしています。ずっと英語で聞いていると、脳みそが停止したみたいに何も情報が頭に入って来なくなるので、たまに出てくる南米の国はスペイン語で聞いて、気分転換をしています。

p.s.夜は3月末から一週間かけて長崎と広島で行われたArt Workshop for Peaceで知り合ったNew Yorkersと再会しました。久しぶりにキャノンやノーテにあえて、とっても楽しかったです!!

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No.2 Monday, 27 April

ついに、会議が始まりました。

今朝は早くからキャサリン•サリバンさんの組織する”Hibakusha Stories”による特別授業の様子を見に、UN International Schoolへ行きました。アメリカの学生たちが、被爆者のお話を聴いてどのような反応をするのか、また、どのような質問を投げかけるのかとても興味がありました。

アメリカの学生たちが、被爆者の方(広島出身のサーロウさん、長崎出身の山下さん)の話が終わってからスタンディングオベーションをしていた姿にとても感動し、涙腺が緩んでしまいました。質問タイムでは、ひとりの日本人学生が「I think eliminating nuclear weapons doesn’t really solve the problem… 技術革新が進めば、核兵器よりももっと強力な兵器が出てくる。そうなれば核兵器廃絶は意味があるのか。」という質問をしていました。その質問を聴いた瞬間にサーロウさんの表情が曇り、会場に緊張がはしりました。サーロウさんは答えるかどうかを考えているようでした。結局、その質問に対してはキャサリンさんが代わりに「今この時点で、核兵器は最も高い殺傷能力を持つ兵器であり、だからこそ廃絶しなければならないと考えるのは当然だ。」というような回答をしていました。キャサリンさんが答えた後に、サーロウさんが「Your question upset me… 」と言っていました。日本人の学生が言ったその質問は、大学の授業でも何度か聞いたことがあるし、純粋な疑問だったと思います。でもそれは、被爆者の方からしたら自分たちを苦しめた兵器の廃絶を目指さない理由を考える意義が見出せなかったのかなと思いました。その質問をした彼も、私も、サーロウさんや山下さんのように被爆したことがないので、彼らがなにに対して怒りを感じたのか、本当の意味では理解出来ないと思いました。

会議初日は、P5の代表格アメリカロシアから、注目のマーシャル諸島やエジプト、日本など聴きどころ満載なラインナップでした。

多くの国がステートメントの中でpeaceful use of nuclear energyの重要性(いわゆる原発の推進)、IAEAの機能性の高さを評価していまた。核拡散(原発の普及)はNPTが抱える根本的な問題であることは条約が発効された当初から言われていたことで間違いないのですが、その矛盾を会議でこうも見せつけられると、なんともいえない気持ちになりました。

今は適切な言葉が思いつかないので、また気が向いたら書こうと思います。

P.S. 夜はみんなでスーパーに買い物に行き、大量の食材をゲットしました。夜ごはんにパスタとサラダを作って、みんなで団欒して楽しく食べました!青春?笑

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No.1 Sunday, 26 April

昨日は人生で初めて”デモ”というものに参加しました。参加したのはNPT review conference に先立って行われた” Peace & Planet Rally, Festival ” というもので、NYCの会議のことを知らないひとたちにすこしでもそのことを伝えるために行われるものです。

これまで、自分が核問題の勉強に取り組んで来て、たくさんの廃絶に向けて動くひとたちと会ってきました。昨日は、その私が会ってきた何十倍、何百倍ものひとたちを目の当たりにして、とても感動しました。こんなにも、多くのひとたちが一人ひとり平和への想いを抱き、核兵器廃絶を願っているのだと思うと、心の底からちからが湧いてきました。

私は核問題を勉強していく中で、いつもどこかで「こんなに勉強したって、明日に核兵器がなくなるわけじゃない」という言ってしまえばあたりまえの事実にいつもジレンマを抱えていました。廃絶されると信じていても、それが目に見えることはないことに、やるせない気持ちでした。そう考えたとき、世界の核兵器廃絶へ動く多くのひとたちはなにに動機付けられて普段活動をしているのかをずっと知りたいと思ってきました。

そして、その答えは昨日、私が見たその光景そのものでした。約8000人ものひとが、そこに集まるその光景に勇気をもらいました。平和への想いが、集まってひとつのかたちとなって目に見えるということが、どんなにステキなことか、身を以て実感しました。

P.S. PDP(Peace Dove Project)の件で海外のテレビ局から取材を受けました。質問の中で「Do your parents know about nuclear issues you are learning? Are your parents supportive? 」など、家族のことを聞いてくれました。プロジェクトのことだけでなく私自身に関する質問をしてくれたことが素直に嬉しかったです。日本では、自分が関わっている事業のこと以外はあまり聞かれないので、取材もアメリカと日本ではちがうと思いました。


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No.0 Friday, 24 April

インチョン空港にてトランジット待ちです。初渡米にドキドキワクワクしています。

昨日は電車の中で広島でのワークショップの際に頂いた、スティーブ・リーパーさんの講演文を読んでいました。そこに何度も出てきた、リーパーさんの想いが詰まった”the time has come”というフレーズを今回日記のタイトルにしたいと思います。今日は、「核兵器のない世界へ」また一歩踏み出した、私にとって特別な日です。

振り返れば、昨年春から長崎に住みはじめて授業、レクナの勉強会、ユースの勉強会、広島でのアートワークショップを通して本当に多くの核問題についての勉強をしてきました。それでも、まだまだ全然足りてないと今この瞬間も感じています。核問題は人道的な側面、外交的な側面や科学的な側面など、さまざまな顔を持つ非常に難しい問題で、そのどの側面も核兵器のない世界を目指す上で必要不可欠な知識です。国連で政府代表を始めとする様々な分野の専門家や各国NGOのファシリテーターなど、多種多様なバックグラウンドを持つ人たちと交流をする中で、多角的な側面からの捉え方や考え方を吸収出来たらと思います。

不安も多いですが、、、今こうして核問題に関われていることへの感謝を胸に、自分なりに出来ることを頑張ろうと思います!!!

p.s. けいこ先生にはやく会いたいです

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