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Tomoe’s Blog ~NPT 私の視点~

No.9 Wednesday, 14 May

NYでの活動のブログ、最終号の投稿がまだでした。

5月9日(金)に無事帰国しました。時差ボケをなおすためにゆっくり休…みたいところですが、報告会を来週に控えているため忙しく活動しています。

報告会の準備を進めるうえでも、私は新たな壁にぶつかっています。それは「ユース代表団の活動を通して学び、考えたことをどうすれば相手に伝わるか?」ということです。

帰国後大学に行くと、友達が「おかえり!」と私を温かく迎えてくれました。とても嬉しかったです。そして皆に必ずと言っていいほど聞かれるのは、「どうだった?楽しかった??」この一言です。さて、何て返事しようか・・・。

2週間NYで、若者に伝える価値のある濃い経験をしてきたと思います。話したいことは山ほどあります。しかし、核問題にそれほど興味のない人からすれば、核問題の難しい話を急にされてもきっと面白くないですよね。ですから私がNYでの体験を彼らに伝えるためのチャンスは、「どうだった?」と相手から関心を向けてくれるこの1回きりなのです。

しかし、私はこの質問に対して、ありきたりの返事しかできずにいます。「楽しかったよ」といった風にです。私はNYに、単に観光をしに行ったのではありません。本当は、ただ楽しかっただけではないのです。どういった体験が私を楽しいと思わせたのか、あるいは悔しいといった気持ちにさせたのか。一番語りたい、詳細の部分をほとんど伝えられずにいます。相手に伝わるように伝えるのはなかなか難しいです・・・。

来週は大学内で報告会があります。多くの人にNYでのことを伝える大きな機会です。伝えたいことを、相手にいかに伝えるか。よく考えようと思います。

最後になりましたが、多くの方々の支えのおかげで私たちは普段の学生生活では経験できないような貴重な学びの機会を頂いたことを心から感謝しております。ありがとうございました!

写真は、NPTに参加していた核問題に取り組む若者と撮ったものです(^^)/沢山の素敵な出会いがありました!

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No.8 Tuesday, 6 May~Wednesday, 7 May

5/6はNYにあるマウントサイナイ医科大学の、ロバート柳澤先生のもとを訪問しました。

ロバート先生は私たちに9/11tribute center訪問を勧めてくださった方です。広島・長崎の原爆と9/11テロ、福島での原発事故に対して先生がどのように関わって来られたかをお話しくださいました。

私は医療系の学生なので、ロバート先生が医師として9/11テロや福島での原発事故の被災者にメンタルヘルスの分野で活動なさっているお話に興味を持ちました。

原爆
9/11のテロ
福島での原発事故

この3つは一見して接点のないものに思えます。私自身もNYに来て今日にいたるまでこれらの関係性を考えたことはありませんでした。

9/11の後、佐々木貞子さんの兄が貞子さんの折り鶴をアメリカに贈ったこと。9/11経験者が東日本大震災被災者に、「どうやって突然家族を失った悲しみを処理してきたのか」共通する経験を伝えたこと。そして被曝した福島の女性が「結婚できない、子ども産めないのでは」という原爆で被爆した女性が感じたのと同じ不安を抱いていること。

このような事実を知るにつれ、広島長崎・ニューヨーク・東北で起きた別々の出来事が人々の努力によって繋がり、気持ちを共有しているのだと私は考えました。

7日は私にとって国連での活動最終日でした。にもかかわらず、普段は3時間行われる午後からの本会議が、開始約10分で終了してしまいました。

余談ですが、7日の昼食はNPTでいつも私たち若者を引っぱってくれるクリスチャンに東日本大震災、特に福島原発事故のことを沢山質問されました。質問の中には正確に答えることができないものもあり残念だなと思いました(>_<)まずは、自分の国で起きていることに関心を持って知ること。とても大切だと実感しました。

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No.7 Monday, 5 May

国連の会議が2週目になりました。本会議傍聴の席も先週前半はほぼ満席状態だったのに、今日は空席が目立ちました。

午前中から 9/11TRIBUTE CENTERを訪問しました。9.11の家族会の方が、施設内の展示を一つ一つ丁寧に説明してくださいました。

広島で被爆された佐々木貞子さんの折り鶴も展示されていました。家族会の方から、こんなお話を伺いました。
「佐々木さんはアメリカが投下した原爆の影響で病気になってしまった。彼女が折った鶴は、戦後アメリカが支援のため送った薬の包装でできている。そして、その折り鶴は現在ここニューヨークにある。」
このお話は薬学部の私にとって興味深かったのですが、同時になんだか複雑な気持ちもしました。

その後は、事件により崩壊した2つのビル跡地にあるメモリアルに行きました。跡地には現在滝がつくられています。(写真をご参照ください。)

また、家族会の方々は他の地域の被災者等に寄付やボランティアをされていることも知りました。東北大震災3/11後には、折り鶴のモニュメントを寄贈したとのことです。

広島長崎の原爆と9.11のテロ、そして東日本大震災。状況はそれぞれ違いますが、どれも突然多くの人の尊い生命が失われました。私は相手の置かれた状況や心情を推し量ることのできる人になりたいです。原爆・9/11・3/11のいずれも直接経験していない私のような者には、彼らの深い悲しみを少しでも理解し共有するために「想像力」が必要だと思います。そしてその力を高めるために現地を訪れるというのは、より具体的に想像するための良い手段だと思います。

例えば、私はニューヨークに行く前の春休みに東北3県を訪問しました。津波の破壊力を伝える陸前高田の町並みは、実際にみる前の私の予想をはるかに超えるものでした。今では被災地に対して具体的に自分は何ができるかなどを考えることができるようになりました。

今回のトリビュートセンター・メモリアルの訪問も家族会の方からお話を聴いたり自分の目で跡地を見るという貴重な経験ができ、とても勉強になりました。

↓トリビュートセンターについて
http://tributewtc.org/

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No.6 Friday, 2 May

〈今日の主な活動〉
・Pugwashに携わっている方々と会う
・ノルウェーのユースとの交流
・ドイツ学生とディスカッション

皆さんは「パグウォッシュ会議」というのをご存知でしょうか。
1957年、世界各国の22人の科学者がカナダの漁村パグウォッシュ(Pugwash)に集まり、核兵器の危険性、放射線の危害、科学者の社会的責任について討議を行ったのが始まりで、今日では「パグウォッシュ会議」はグループ名にもなっています。1995年には「国際政治における核兵器の役割を減じ、核兵器の廃絶を目指す長年にわたる努力」が評価され、ノーベル平和賞を受賞している団体です。

今日はヤング・スチューデント・パグウォッシュの2人と交流することができました。

パグウォッシュ会議は年に一度開催されていて、昨年はトルコのイスタンブールでした。来年は、なんと長崎の伊王島で行われるのです!!パグウォッシュのユースも、本会議の前にユースによるイベントをするそうです。パグウォッシュのユース2人から、長崎では地元の若者を巻き込んだイベントをしたいとの提案を受けました。帰国したら早速彼らとコンタクトをとって協力したいと思います。

この団体を動かしているサンディーさんとは、春にRECNA(核兵器廃絶研究センター)で講義を受けていたので、お会いするのは2度目でした。人とのつながりは大切だと改めて感じさせられました。

ドイツ学生とは「原発政策と核の傘」をテーマにプレゼンテーションとディスカッションをしました。

ドイツは①原発を持っている②アメリカの核の傘にある国である
という点で日本の核に関する状況と似ています。一方で、ドイツは福島の原発事故の後、原発を将来的になくす政策に転換しており、日本はそこから学ぶべきことがあるのではないかということもふまえてこのテーマになりました。

個人的には、NATO(北大西洋条約機構)の核シェアリングについても詳しく聞きたかったのですが、そこまでの話には至らなかったのが少し残念でした。今後も核問題の勉強と語学力向上の両方をがんばります。

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No.5 Thursday, 1 May

〈今日の主な活動〉
・Government briefing for NGOs: Austria
・NGOサイドイベント参加
・ICRC(国際赤十字)の方との面会
・ニューヨークばってん会の方々との夕食会

出席したNGOサイドイベントについて。

’Accidental apocalypse: Probabilistic approaches to accidental nuclear war and human survival’というタイトルのNGOサイドイベントに参加しました。私が特に印象に残ったのはSeth D.Baum氏の核戦争の危険性についてのプレゼンテーションです。連日の睡眠不足も一時的に吹き飛ぶような興味深い研究結果でした。

NPTで核保有を認められているのはアメリカ・ロシア・イギリス・フランス・中国の5か国。しかし実際にはその他の国も開発したり、核の傘に入り核シェアリングしています。核兵器は開発にもお金がかかりますが、その維持にも莫大な費用と高度な技術が必要です。核戦争というのは故意でなくても起こりうるもの(inadvertently)。核兵器の維持技術がどんなに向上しても、100%安全ということはありません。その中でどのようにして核保有国の核兵器使用のリスクを最小にするかということが問題になってきます。

第二次世界大戦のあとの歴史を見ても、例えばキューバ危機や米ソ冷戦など核戦争勃発のリスクが非常に高まったことがあることをこのプレゼンで思い出しました。Seth D.Baum氏はデータを基に核戦争のリスクについて説明したあと、’Nuclear war can happen inadvertently’という言葉を私たちに伝えてくださいました。

今回私がこのサイドイベントに参加したのは、このプレゼンをしたSeth D.Baum氏の紹介があったからです。NPT第3回準備委員会の初日、本会議場で偶然隣の席になりお話させていただいたのがきっかけで、私がプレゼンをするサイドイベントにSeth氏は来てくださいました。後日、今後に役立つように、私のプレゼンを聞いての感想やアドバイスを書いてメールしてくださるとの有難い提案もいただきました。

このように、国連で出会う人々から毎日多くのことを学ぶことができ、大変感謝しています。

また夕食会ではNY在住の、九州にゆかりのある社会人の方々からお話を聴くことができました。

※更新が遅れてしまい申し訳ございません。

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No.4 Wednesday,30 April

〈今日の主な活動〉
government briefing(USA)
北東アジア非核兵器地帯について調べもの
NYの高校訪問
国連内でピースデポのサイドイベント参加
インタビュー企画

準備委員会3日目。今日は気温が低い上に激しく雨が降っていました。

午後から、Hibakusha StoriesというNGOの企画で、High School of Fashion Industriesという高校を訪問しました。10年生と共に、ヒロシマ・ナガサキの被爆者の方の体験を聴きました。

今なお核兵器を所有しているアメリカで暮らす若者に、被爆体験はどのように受け入れられるのか。講話が始まる前、私は少し不安な気持ちになっていました。

しかし、心配は無用でした。現地の高校生は被爆者の方の講話を時折リアクションを示しながら積極的な姿勢で聴いていました。質疑応答も盛んに行われ、充実した時間を過ごすことができました。

被爆証言の継承の方法として、今回私が体験させてもらったように、日本の若者と外国の若者が共に被爆者のお話を聴くというのはとても良いと思います。私も、アメリカの高校生のアクティブリスニングの姿勢は非常に参考になりました。質疑の内容も幅が広がります。

例えば、今日は「アメリカを憎んでいるか」という質問も挙がりました。このアメリカの高校生の率直な問いに、被爆者が答える。とても貴重な瞬間を見た気がしました。

また、私は今、若者に核問題を身近に感じてもらえるようなVTRの作成を企画しています。今日はドイツからの大学生や日本からのインターンシップ生、新聞記者の方、さらにはエジプト政府の方にも協力していただきました。この企画が上手くいくか分からず不安もありますが、NYで私にできる最大限の努力をしようと思います!

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No.3 Tuesday, 29 April

〈今日の主な活動)

・NGOサイドイベント「平和首長会議ユースフォーラム」でプレゼンテーション
・NGOプレゼンテーションへの参加

NPTの準備委員会では本会議と同時並行で、NGOによるサイドイベントが行われています。今日、私は国連内で開催された「平和首長会議ユースフォーラム」で、英語によるプレゼンテーションをさせていただきました。

このフォーラムのテーマは「核兵器のない平和な世界を目指して-若者たちのメッセージ-」。広島・沖縄の高校生、ナガサキ・ユース代表団、平和首長会議2020ビジョンキャンペーン協会インターンをしている大学生ローレン・シューラーさんがプレゼンをしました。

プレゼンではナガサキ・ユース代表団の紹介や長崎の若者の核問題に対する状況、さらにこれまでの活動を通して考えたことを発表しました。

核兵器問題は国際会議の場でどのように議論されているのか。大量破壊兵器の1つである核兵器の廃絶に向け、市民社会はどう動いているのか。世界各国の核兵器問題に対する姿勢はどこが違うのか…挙げればきりがないですが、私たちナガサキ・ユース代表団は核兵器の問題をアカデミックに学んでいます。核問題の現状を知ることが、オバマ大統領も演説していた「核なき世界」を築くために必要な具体的方法の一つではないでしょうか。

午後はNGOプレゼンテーションでした。

私が特に印象的だったのは、若者の声を集めたユースプレゼンテーションです。27日にクリスチャンの声かけで若者が集まったとき知り合った Alexandraがstatementを読みあげました。私たちナガサキ・ユース代表団も、このプレゼンを作る際にアイデアを提供していました。私が提案した「2015年は広島・長崎の被爆70年にあたるのと同時に、5年に一度開催されるNPT再検討会議の年である」という内容が採用されていました。 statementとして発表されたことで、2015年というのはこの問題に関わる者にとって特別な意味をもつのだという発想を、多くの人と共有することができたのではないかとうれしく思います。

以下はユースプレゼンテーションの該当箇所の抜粋です。

We can change the game, and what better opportunity than now? Next year, 70 years will have passed since the bombs were dropped in Hiroshima and Nagasaki. The NPT Review Conference will also occur in 2015. It is our hope that these occasions will inspire everyone to promote true and lasting change.

平和首長会議について詳細は以下をご参照ください。http://www.mayorsforpeace.org/jp/index.html

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No.2 Monday, 28 April

今日は2週間に及ぶ会議の初日。朝早く国連に行くと、ちょうど各国の国旗をあげている様子を見ることができました。いよいよ始まるんだな、と気持ちが引き締まりました。

〈今日の主な活動内容〉
・本会議傍聴(午前の部)
・国連事務総長の潘基文氏との面会
・日本政府大使との夕食会

今日は私の人生の中で、非常に特別な一日になりました。

広島市の松井市長と長崎市の田上市長による国連事務総長との会談に同行する機会をいただいたのです!

両市長は核兵器禁止条約の交渉開始を求める市民約21万人の署名と、同条約をの早期実現に向けて指導力を発揮するよう求める要請文を事務総長に提出しました。

潘基文国連事務総長は、2008年10月に国際会議の場で核軍縮に関する提案を発表しており、核兵器禁止条約の交渉検討についても言及しています。

今日の会談で事務総長はイランや北朝鮮の核問題について触れていました。また、両市長がこの問題にさらなるリーダーシップを発揮し持続可能な社会を広島・長崎から築いてほしい、という環境面からのアプローチをも要請していました。

田上市長のご配慮により、同行した私も事務総長への発言の機会を得ることができました。この滅多にない経験をさせてくださったことに心から感謝しています。

被爆者の方は若者に原爆の悲惨さを継承したいと強く願っていること。その一方で長崎の学生は核問題についてそれほど原爆の実相を知らない、あるいは行動していないのでは?と感じたこと。平和を維持するために、同じ世代の若者に私が伝えていきたいと考えたこと。
ーーこのような想いを、つたない英語ですが自分の言葉で伝えました。

事務総長は私の想いを受けとめ、お返事の言葉もくださいました。

ユース代表団の任命式の時に、田上市長から①感性をフルオープンにしよう②自分の言葉で相手に伝えよう、というメッセージをいただいたのを思い出しました。

NYでの学びを余すことなくスポンジのように吸収し、自身の成長に繋がる2週間にしようと思います。

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No.1 Sunday, 27 April

今日の午後は国連近くにある公園で、核問題に取り組む若者数人とユースメンバーで顔合わせをしました。NGOの一つであるBANgのコーディネーター、クリスチャンがこの機会をセッティングしてくれました。

初めて会った若者の中には、ピースデポというNGOから派遣されている日本人もいました。彼は明治学院大学の学生で、核問題を専攻しているとのことでした。

彼の話を聴いて共感したことは、核問題に携わる若者のつながりをもっと大切にしたいということでした。今回のNYでの滞在中に彼らのような若者とのネットワークを作り、帰国後の活動をより良いものにしていきたいと改めて考えました。

また、今日は初めて国連本部の前まで行きました。これからの2週間が私の人生を変える大きな転機になることもあるかもしれません。これまで応援し支えて下さった全ての方への感謝の気持ちを忘れることなく、明日から始まる準備委員会に臨みます。

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No.0 Thursday, 24 April

みなさんこんにちは!
ナガサキ・ユース代表団2期生の山中智絵です。長崎大学薬学部2年生です。

これからNY行きの飛行機に乗ります!今朝出発してから緊張と不安でいっぱいでしたが、今は成田空港まで来れたのでほっとしています。

長崎に住み始めて、長崎には日常的に平和について考えさせられるような機会が多くあることに気づきました。そこで、大学の4年間で長崎について深く知りたいと考え核問題をRECNAで学ぶようになりました。

NYで過ごす約2週間は各国政府や国連関係者、NGOの方とお会いする機会に恵まれます。核兵器に関する国際的な議論の場で日本はどんな役割を果たしているのか、自分の目で確かめたいと思います。

私が本格的に核問題を学び始めたのは大学生になってからです。同じ世代の若い人と、少しでもこの問題を共有できたら私はとても嬉しいです。

このfacebookにも、自分がNYで真剣に考えたことをできる限り分かりやすく投稿したいと考えています。これからよろしくお願いいたします!

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