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Ken’s Blog

Wednesday, 1 May

私にとってのジュネーブ最終日です。 最後のほうになってきて、朝のaborition caucusに参加する人も少なくなって来ました。皆それぞれすることがあったり、帰国したりしているのでしょうか。

本会議自体も10:00−13:00のところが、12時前に閉会となったり、午後も18時までのところが、16時半前には終わりました。発言を求める国が無ければ基本的に閉会というスタイルです。

私個人としては、今日はWHOを訪問させて頂きました。WHOの本部は、国連のあるバス停からバスで2駅とすごく近いところにあります。野崎さんという厚生労働省から出向されている方が丁寧に案内してくださいました。WHOの果たす役割や、課題、これまで関わってきた日本人等について知ることができました。帰りにはWHOのbook storeでお買い物。私のiPadがWHO仕様になりました。

【総括】
今回の13日間の滞在で多くの事を学び、感じることができました。ジュネーブに来る前には長崎にてイベントも行いました。1周間の集中講義もありました。

我々がここに持ってきたテーマは、「抽象的な問題ではなく、身近な問題である」ということ。

私個人の目標は、
・ネットワークを構築すること
・現場で主体的に学ぶこと
・帰った後に還元すること
この3つでした。

まず、我々のテーマに関していえば、我々自身が出発前に比べて、より“身近”な問題としてとらえられるようになったということがあります。現場で直に感じることによって、当事者意識が高まりました。またそれと同時に、簡単に帰ることのできない難しさ、我々がやりたいこと、多くの人が考えていることと日本政府の決定の間にある矛盾も感じました。「安全保障を優先した結果、”under any circumstances”という言葉に日本は賛同できなかった」非人道性に関する声明です。賛同している国も、日本も「核なき世界を目指す」と言っていることは同じでも、まとまることができない、大きな課題があります。

ヨーロッパのユース達と話すと、彼らは、「想像や分析によって、核兵器の悲惨さを把握している、日本で直接感じることのできるあなた方はうらやましい」と言います。まさにその通りで、”身近に”感じることに関しては日本がもっとも近しいところにいるのです。

私たちのワークショップで、ディスカッションをした時にも、海外と日本の平和教育はまるで違います。原爆のことは知っていたけど、このようなdetailは聞いたことがなかったと言ってくれる若者が多くいて、人数こそ多くは集めることができなかったものの、やってよかったと心から思いました。

私個人に関して言うと、1つめ、2つめの大部分は達成できたのかなと思いました。結果的に。ただ、前半のたくさんの人がいる時から積極的に動くことができていれば、もっと多くのネットワークを築くことができたかなともおもいます。学ぶことに関しても、毎日の本会議の流れをReaching Critical Willが出しているReviewで追っておかないと、様々な人とのディスカッションの際に話に全くついていけなくなります。

また、特に若者と話すときに多かったのですが、「日本の姿勢に関してどう考えている?」と聞かれることがしばしばありました。そこで、日本の姿勢を把握していなければ信用を失うことになりますし、明確な意見を持っていなければ対等にディスカッションできません、また相手の国の背景まで知っていると、さらに実のある話ができます。毎日が学ぶことの連続です。しかし、今目の前で起こっていることであり、今すぐ必要な事でありましたので、スポンジのように吸収できたのかもしれません。

最後の”帰った後に還元すること”に関しては未だ明確な方法が見つからないのが正直なところです。帰国前から、自分はジュネーブで一体何を学び、何を感じたんだろうという振り返りを始めたのですが、それをいかにして、人に伝え、問題意識を持ってもらうのかは一苦労です。1つとしては、”私たち目線”での捉え方、矛盾やジレンマをダイレクトに伝えるというのはアリかなと思います。海外の若者を日本に呼んで、彼らとのディスカッションをする、それによって、外国の若者がこれだけ活発に活動しているんだ、というのを感じてもらうのもいいかなと思いますが、ここには予算的な問題も発生しそうです。もちろん、インターネットの時代なので、安定した環境さえ整えば、skypeを使えば、時差なく話ができます。

最後に、今回の準備〜訪問を通して浮かび上がった新しい課題があります。それは、来年のユースがどんなふうにして、来年の会議に関わるかということです。今年は第一期生ということで、”お客さん”に対する暖かい目で迎えて頂きましたが、私たちは大学生であり、それなりの、知識、姿勢によって”評価”されます。この事業が継続的に行われていくためにも、海外のユースたちとのネットワークを保持する等、来年のユースが積極的に関わる土壌を整備するのも第一期生として行った我々の役割であると認識しています。

今回多くの方々のご支援をいただきまして、私たちは無事ジュネーブへの訪問を終えることができました。Facebookを通しても、多くの皆さんに見ていただいていることを遠く離れたジュネーブで感じることができ、とても心強く、また身の引き締まる思いでした。今回応援していただいた方々に、厚く御礼を申し上げます。

(ナガサキ・ユース代表団(国連欧州本部前にて))

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Tuesday, 30 April

クラスター3issue

本日午後よりクラスター3(平和目的の核エネルギーの開発研究、生産、利用への条約締約国の奪い得ない権利に関連する条項、及びその他の条項の履行問題)の議論が始まりました。当然のことかもしれませんが、フクシマの事故に関する言及が多く見られました。原発推進国の意見としては、あの事故から多くの事を学び、原子力のさらなる安全性を追求していくというものでした。

日本、アメリカは2013年6月に開かれるInternational Ministerial Conference on Nuclear Power in the 21st Centuryを 楽しみにしていると発表していました。個人的に、日本に関して言えば、フクシマから多くの事を学びこれからさらなる安全性を追求していくという発表を日本はしましたが。危機管理において世界から多くの信頼を失い、次の年には2基を再稼働した国であり、事故から2年、日本がどれほどの信頼回復をできたのかは懐疑的です。福島原発事故調査委員会からのレポートは日本語でも英語でも手に入ります。

夕方には、レベッカ・ジョンソンさんとお話することができました。日本にも来られているのでご存じの方も多いかもしれません。英アクロニム軍縮外交研究所所長、ICAN(核兵器禁止国際キャンペーン)の副議長を務めていらっしゃる方です。

冒頭、ヨーロッパの若者がどうしてこのような平和に関して関心が高いのかという疑問に対しては1980年代の方がもっと関心が高かった、冷戦 真っ只中で核戦争が起これば、自分たち自身が死ぬ、あの時代の若者にとても”personal to us”な問題だったのである。そして今、ICANがあの時のような高い関心を持ってもらうように活動しているとのことだった。

日本の若者として何ができるだろうかという質問に対しては、安全保障と核兵器の関係に関する理解を深めて共有すること、核兵器なき安全保障について議論すること等を提案された。

”安全保障と核兵器”の関係性に関しては私自身ここ数日ずっと考えてきたことであった。というのも、日本が「非人道性に関する声明に反対した理由こそが、日本の安全保障を考えた故のことだったためである。安全保障を考えれば核抑止が必要であるという意見と核の存在こそが安全保障を脅かすものであるという意見がある。帰国後この件に関してさらに理解を深めたい。

私の今回の参加の目的としてネットワーキングがあるのですが、ここにきている日本以外の若者にたいして、情報共有のためのメーリングリストその他のプラットフォームの構築の提案をしています。

若者としての活動が継続的に行われるためにも、またこれから入ってくる若者にとっての敷居をさげるためにもそのようなネットワークが必要だと考えています。

先週のニュージーランド大使の”You are the youth, you are the future.”という言葉が強烈に残っています。若者が動くこと、若者を動かすことが我々の責務のように思います。

(レベッカ・ジョンソンさん(左))

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Monday, 29 April

2週目が始まりました。

今のトピックはとりわけ中東非大量破壊兵器地帯に関する話です。ヨーロッパのユースたちが興味を持っているのもあって、私も勉強しています。Free Zoneの考えはもちろん私たち日本にも大いに関係の有ることで、北東アジア非核兵器地帯の実現か否かは私たちにとって身近な問題と言えます。

今日の大きな出来事はエジプトによる残りの会議のボイコットです。2013年にヘルシンキで開催予定だった中東非大量破壊兵器地帯に関する会議が、地域国家への断りなしに勝手に延期にされたことに対する反発が主な理由なのでしょうか。2013年はじめにアラブ諸国でこの会議自体に参加するか否かが協議されたそうですが、結果として参加をし、その上で強い不信を表明し、ボイコットするというのは、一種の戦略なのだろうと思いました。

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Saturday, 27 April

27日土曜日です。

怒涛の一週間が過ぎ、ゆっくり週末を過ごしたいところですが、今日は先週の小学校と同じ場所にある中学校の訪問です。

内容としてはほとんど変わらないものでしたが、前回の紙芝居から今回は変更して、下平作江さんの証言を読ませていただきました。それに加えて前回同様ICTを使って原爆の爆発の大きさをvisual imageで紹介しました。

被爆者の高齢化が進む中で、直接お話を伺う機会は減ってきています。その中で、次の世代がどのようにその悲惨さを伝えていくかが課題です。このプロジェクトリーダーである、下田杏奈さんは教育学部4年で、平和教育のゼミに所属し、様々な方法を検討してこの授業の準備をしてくれました。

杏奈さんは帰国しなければなりませんでしたので、長崎大学教育学部を卒業された佑布子さんが授業をしてくれました。

学校の先生からの反応はとても良く、本当によかったなと思いました。生徒さんたちの反応はとてもダイレクトで、様々な想い、意見をきくことができとてもいい機会でした。

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Friday, 26 April

5日目です。

毎日のことですが、朝からGovernment Briefing for NGOs。今日は、今回の議長、Cornel Ferutaさんでした。Cornel Ferutaさんとは、昨日直接お会いしてお話しておりました。

お昼休みにはニュージーランド大使とのミーティング。ニュージーランドは、西側諸国として初めて非核地帯を法制化した国です。

前回はラテンアメリカ非核地帯の実施機関であるOPANALの事務局長とお会いしましたが、なぜこのように非核地帯に注目しているかというと、ヨーロッパ・ユースの注目の先がそこにあるからです。

実は今回、準備期間が短かったことや、私達自身のキャパシティの問題もありまして外国の代表者とのコンタクトはとっていませんでしたが、ヨーロッパ・ユースにお願いして、来年につながるかもしれないからということで、一緒に行っています。

ヨーロッパ・ユースの最大の注目は、中東アジアにおける非大量破壊兵器地帯(WMD)です。2週目にこのissueに関して話が始まります。イラン、イスラエル、ヨーロッパ諸国これらの国々のせめぎ合いです。Detailに関しては私自身も勉強途中です。詳しく知りたい方は、是非RECNAのNPT BLOG 2013をごらんください。

ニュージーランド大使からのメッセージは大きく2つ。
市民社会がプッシュすること。”
“You are the youth, You are the future.”

その後、GCSP: Geneva Centre for Security Policyへの訪問です。こちらは、1995年にヨーロッパの安全、平和を構築するべくして設立されています。スイスをはじめとした国家の予算が入っていますが、独立した機関です。若い人のトレーニングから、DDR(武装解除)様々行われています。近年ではヨーロッパだけでなく、中国、フィリピンも加盟しています。日本は参加していません。

トレーニングプログラムには原則各国1名、約9か月間のトレーニングです。基本的に政府の推薦が無いと入れません、北朝鮮からの参加者が2名いましたし、日本の政府から派遣された人もいましたので、毎日が外交交渉のような授業なのでしょうか。

その後、西田さんという今回の会議の日本の政府側の方とお会いしました。

今回の大きな収穫は、NGO側のたくさんの人に会えたと同時に、政府側、日本だけに限らず、の多くの方々とお会いできたことです。両方の話を聴くことによって、客観的視点から見ることができました。また、安全保障をはじめとした広い知識があればもっと多面的に見ることができたのかなとも思いました。

夕方は、今日が全員揃う最後の日ということでparty。共同代表の大田くんが今日が誕生日ということで、サプライズも。皆考える事がすごく多かったようで、若干消化不良気味。私はというと、学ぶことは日本でもできたかもしれません。国連の文書はPaperlessでネットにアップされますし、NGOからも日々、新聞のように文書がでます。

ただ、実体験、感じることはここでしかできませんでした。もっと、勉強しなければ、もっと深く考えなければ、というのはここに来たからこそでてきた想いかなと思っています。

また来週も有りますので、来週も頑張ります。

(コーネル・フェルーツァ議長(ルーマニア大使)) (国連前でメンバー全員と)

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Thursday, 25 April

4日目木曜日です。

午前中はPeace depotのside eventのお手伝いをさせていただきました。北東アジアの平和に関するもので、長崎市長、広島市長に加えて今回は中国、ロシア、韓国、モンゴル、日本の政府関係者も来てくれました。これはPeace depotとしては前例のないことで、素晴らしいファシリテーターであるMaria Kimさんによって、全ての政府関係者がコメントをしてくれました。私たちユースとしてのコメントもさせていただき、とても貴重な機会だったと思います。

このセッションが終わってすぐに、NAPFのメンバーとBANgのメンバーとラテンアメリカおよびカリブ核兵器禁止条約(The Treaty for the Prohibition of Nuclear Weapons in Latin America and Caribbean)の実施機関であるOPANALのジオコンダ・ウベダ事務局長とのミーティングに参加しました。この条約はキューバ危機を契機にラテンアメリカ地域における非核地帯を作る条約です。

この後に、いくつかの非核地帯に関する条約が出来ていますが、この条約が他と違う、進んでいることは、核兵器保有国であるP5やもともとの宗主国に対してのアプローチを行い、それに批准させていることです。

附属議定書1では、ラテンアメリカ地域に属領をもっている旧宗主国に対して、この地域での非核化を求めた。イギリス、オランダが1971年までに批准し、ついでアメリカ合衆国、最後に1992年にフランスが批准した。
附属議定書2では、核保有国に対して、条約加盟国地域での核兵器の使用や核兵器による威嚇を行わないことを求めている。核保有国五大国については、1974年までにイギリス、アメリカ、フランス、中国が批准し、ソ連も1979年に批准を完了した。

その後、今回の会議の議長にお会いしました。私たちNagasaki Youthのメンバー、ブラジルの学生、ドイツの学生は30人もいました。議長の若者に対する期待はすごく高く、インタラクティブな時間を過ごすことができました。

印象的だったのが、「軍縮をすすめる唯一のフレームワークがこのNPTである」という言葉です。軍縮をすすめる上でこの会議の持つ重要性を感じました。

内容が、前半の非人道性に関することから、非核地帯というトピックにシフトしてきています。非核地帯が実現できるのは核兵器保有国がその地域に無いからだという意見をいう人もいますが、中東に関しても話は進もうとしています。small stepなのかもしれませんが、たしかに進んでいます。

(議長(写真左)に私たちの活動を伝える、
ファンシン(写真右側))
(ピースデポのサイドイベントでユースからのコメントをする、
斎藤さんとファンシン)

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Wednesday, 24 April

3日目です。

朝はstatements by NGO
長らくの市民社会の努力によって”勝ち取った”本会議の中での時間です。「Rethink Nuclear Weapons」というタイトルで始まったパネルディスカッションの後、長崎市長、広島市長、被団協の藤森さんがstatementを読み上げた後、YouthとしてのstatementをNuclear Age Peace FoundationBan All Nukes generation(BANg)のメンバーが読んでくれました。光栄なことに私たちもstatement作成に関わらせていただきました。文書はこちら

また、連日注目されていた非人道性に関する声明への日本の参加に関しては、残念ながら今回日本の参加は実現されませんでした。NHK worldで報道もされていたようですが、軍縮会議日本政府代表部に対して「No more Nagasaki, No more Hiroshima, No more Hibakusha」という抗議がされるのは、非常に残念なことです。本来であれば、日本はあらゆる方法を駆使して、核兵器が二度と使われないように世界をリードすべき国だと思います。

ただ、この件の報道に関しては、若干の違和感を覚えます。それは現地で、市民社会の声と政府側の声を聞いているからでしょう。ここでまさに、目の前で外交が行われているというのを肌で感じています。

夕方には、天野大使、長崎市長、WHOの野崎さん、外務省の望月さんと一緒にお食事をさせていただきました。その中で印象に残ったのが、「決断ではなく、選択である」という言葉です。決定を下す時、人は常に様々な側面からものごとを考え吟味し、精査し、”選択”しているこのことは非常に印象的でした。

これまではマスメディアによる2次情報によって判断をしてきましたが、1次情報によってこのような決定の背景を深く追求できたことはとても貴重な機会だと思います。

明日は、こちらの若い方々と今回の会議の議長にお会いしてきます。

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Tuesday, 23 April

本会議2日目にして、早速我々のワークショップの日が来ました。

その前に、午前中に表敬訪問させていただいた国際赤十字(ICRC)について報告します。ICRC本部は国連と道を挟んだ向かい側にあります。

今回長崎市長・広島市長が表敬訪問するにあたって学生も参加可能とのことで、同行させていただきました。個人的には赤十字と少し関係があります。というのも、日本赤十字の創始者である佐野常民と同じ町の生まれです。

現在の核兵器廃絶に関するmovementとして、非人道性がありますが、赤十字は長らく人道的な面から言及しており、2010年に強くstatementを発表したことが、この流れを作ったと言っても過言ではありません。また今回の訪問で協調されていたのは、次のメキシコでの会議(2014年4月)までに何ができるのか、そしてその後に実践的な意味で何ができるかという点でした。こちらに来てから、今、そして次のメキシコまでに何ができるのか、起こるのかということにフォーカスが当てられている中で、ICRCがこれまで長らく訴え続けてきたこと、そして、これから先の長いスパンで考えてることを感じました。

また、毎朝Abolition caucusというNGOのmeetingに参加していますが、連日「人道的側面に関するstatement(今回は南アフリカから発表されます)」に日本が署名するか否かについて活発に意見が交換されています。昨日のblogでも言及しておりますが、是非とも日本には賛同していただいて、核兵器の非人道性について唯一の被爆国としてのぶれない姿勢を世界に見せて欲しいと思います。

さて、ワークショップに関してですが、若い世代がやるとのことで、ドイツをはじめとする若い学生が多く来てくれました。会場は300人入りますので、もっと多くの人に来てもらいたかったという思いもありますが、また次の機会にさらに多くの人と、さらに濃い内容でできればと思います。

海外の若い人と話して必ず聞かれるのは、「これからどうするのか?」と「日本がサインしないことに関してどう思うのか?」ということです。深く考えていないと議論できません。そして、日本のことをよく知らないと信用を失います。少しずつではあるかもしれませんが、「日本を外から見る」ことができるようになってきてるように思います。

夕方、時間ができましたので、ジュネーブ大学へ行ってきました。1559年にジョン・カルヴァンによって創られた大学です。ジョン・カルヴァンは16世紀中期に町をカトリックからプロテスタントに改宗させました。

(ワークショップでのユース代表団) (ディスカッションの様子(左奥は田上長崎市長))
(ジュネーブ大学)

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Monday, 22 April

初めて国連の建物に入り、国名が書かれたプレートが机の上にのっており、本会議場は圧巻でした。

朝から、パスを貰うために多くのNGO関係者が列を作り、その後8時から、abolition caucus(NGOによる作戦会議のようなものです)、9時からは政府関係者がNGOのために話をしにきてくれます。今日はメキシコでした。これらは毎朝行われます。

その後10時からついに、本会議です。本会議は毎日10:00-13:00、15:00-18:00です。予定より30分遅れて始まりました。とても異例なことのようです。理由はわかりません。

13時15分からは、初めてのNGO side eventに参加しました。

[BEYOND INTERNATIONAL HUMANITARIAN LAW]
ここでももちろん、最近の最も注目されている、「人道的な側面」での話がありました。これまでは、核兵器が使われ、被害を被る人が無差別的であるという観点での非人道性と私は理解しておりましたが、今回言われていたのは、 Threa(脅威)を振りかざす事自体が非人道的である、それがこれまでの国際的なstatementの中ででてきているというのです。(例:バンクーバー宣言2011

また、このissueがジグソーパズル的である、つまり、様々な人が様々なコーナー(角)、様々な形で活動している、しかし我々はピースが揃っていないという考え方はとても興味深かったです。ジグソーパズルはとなりのピースとしっかり合うようになっていて、かつ、全てのピースが揃わないと絵には なりませんから。

その後、天野大使を表敬訪問させていただき、後に発表される非人道性に焦点を当てたstatementに対し日本が署名をするのか否か、少しダイレクトな質問をしました。詳細はここでは書きませんが、日本でもいくらか報道がなされているようです。良い結果になることを願っています。

早速、初日の私たちの様子がニュースになっていました。毎度のことながら私は写っていませんが、フレームの少し外で元気にしております。

(本会議場の様子)
(フロア中央が各国代表、その周りと2階席、3階席が傍聴席さらにその上に通訳のかたがいらっしゃいます)

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Saturday, 20 April

ジュネーブ1日目です。Icanのセッションに参加しました。

16:00-18:00  Regional Discussion
What can ICAN do regionally to strengthen support for a treaty banning nuclear weapons?
• Europe
• Middle East
• Africa
• Asia/Pacific
• Latin America
• P5
の中のAsian/pacificの分科会に参加しました。日本、オーストラリア、オランダ、韓国、フィジー、フィリピン、ネパールからの参加者がいました。

1つの大きなトピックとしては、昨年の第一回準備委員会での動き、2013年3月のオスロで開かれた、核の非人道性に関するオスロ会議。活発な議論が飛び交い、参加者のみなさんが、どのような戦略で、核不拡散/核軍縮に取り組んでいらっしゃったのかを知ることができました。

印象的だったのが、核兵器を持つことの、risk、 effect、 cost、 human securityに関するもので、中でも莫大な予算を軍事につぎ込むのであれば、国際的にもっと優先すべき、例えば貧困、飢餓などへ向けるのが当然であるべきだという話でした。もしそのような国々が成長すると、核兵器を持ちたいという様な動きが出てくるのではという疑問も生じました。それを防止するために既に存在する条約(バンコク条約、トラテロルコ条約、ラロトンガ条約、ベリンダバ条約)がどれほどの力を持つかというのは、22日のBeyond International Humanitarian Lawにて知ることができるかと思います。

また、”核の傘”に守られている、日本、オーストラリア、韓国がともに取り組むということがすごく重要な事であると思いました。他の地域のセッションもかなり気になりますが、それは、明日の午前最初のセッションでReportが有りますので、楽しみです。

まだ多くの若者と話をできていないので、これからどんどん積極的に彼らの思いを聞いていこうと思います。

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