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A/AC.286/WP.4

2016年2月22日

多国間核軍縮交渉を前進させるための国連作業部会

 

核兵器と安全保障:人道的観点

オーストリア提出作業文書

(暫定訳)

1. 人道イニシアティブに関連しては、それが核兵器の「安全保障面」を考慮していないという発言をしばしば聞くことがある。とりわけ、厳しさを増す地政学的環境を受け、核抑止を重視する風潮が強まる中で、こうした点が取り上げられてきた。この議論は、安全保障が脅かされている限り、核兵器も、また、核抑止による安全保障もなくてはならない、という話とセットになっている。このように、核兵器に依存する国々は核兵器が安全保障に対して重要な貢献をしていると指摘し、他方、人道イニシアティブを支持する国々は、核兵器の存在そのものがもたらす安全保障への脅威に焦点を当ててきた。

2. 本作業文書は、核兵器や核抑止によってもたらされる安全保障という考え方を、人道イニシアティブの観点から検証することを試みたものである。

3. 核抑止の基本とは、敵とみなす相手に対し、受け入れがたい破壊や結末をもたらすという説得力のある威嚇を行うことによって、両者の側において自制的、合意的な行動が導かれることである。こうした脅威が説得力を持つためには、さまざまな核攻撃や報復攻撃を遂行できる能力が保有核兵器において維持されなければならない。威嚇のみでも核兵器の配備を防止するに十分であると想定されてはいるが、威嚇が説得力を持つためには、核兵器を常に使用できる状態に置いておくことが必要である。

4. 人道イニシアティブは、この論理の根本に対して重要な疑義を呈してきた。近年の研究によって、たとえ「局限的な核戦争」であっても、それがもたらす大気や気候、食糧安全保障に対する中長期的な影響はこれまでの理解を超えてはるかに深刻かつグローバルであることが明らかになっている。短期的な人道上の危機のみならず、核兵器の使用がもたらす健康、経済、大量移民、社会秩序等に対する複合的で系統的な影響については、現状でも十分に解明されていない。

5. 核兵器の人道上の影響の相互関係や規模を鑑みれば、信頼性のある先制核攻撃や報復攻撃能力という考え方は極めて不適当である。人道性の観点から言えば、核抑止は地球規模の影響を伴う大量破壊につながる準備体制であるだけでなく、本質的に、少なくとも潜在的には、敵味方の区別なく、まさにすべての人類にとって受け入れがたい破壊と結末をもたらす自殺的行為にコミットする準備体制や自覚に基づくものである。結局のところ、こうした点と、すべての関係者において合理的行動が導かれるという核抑止の根幹との間で整合性をとることは困難である。最新の証拠が示すように、威嚇が説得力を持つためにはひたすら非合理的に行動するための準備体制が必要となる。他方、合理的に判断すれば核兵器使用の危険を冒すという結論に達さないだろうから、威嚇は説得力を持ち得ない。短・中・長期的結末の複合的な影響が地球規模であり、受け入れ難く、誰しもにとって破壊的であれば、その威嚇は説得力を持たないものとなる。そこに残るのは、危機的状況の極めて危険な段階的拡大であり、その状況が制御不能のスパイラルに陥らないことをただ信じて祈るのみとなる。現在の地政学的な緊張の中で、このような危機的状況が生まれる可能性への認識は高まっている。

6. このような結末を回避するためには、核抑止力が決して失敗しないという100パーセントの保証が伴わなければならない。しかし、人道イニシアティブを通じて核兵器をめぐるリスクに対する認識や理解は昨今において高まっており、そのような100パーセントの保証など存在しないと指摘されている。核抑止力の信頼性維持に求められるように、これらの兵器をいつでも使用可能な準備体制に維持することと、事故や人的・技術的トラブルによって核兵器が二度と使用されることがないようにすることとの間には矛盾が内在するようである。過去の「ニアミス」事例は、核戦争に発展しかねないような核事故や計算違いを防いだのは「幸運」であったことを示している。さまざまなリスクドライバー(危険な事象をもたらす要因)に関する調査は、この文脈に関連してさらなる重大な疑問を呈している。核兵器関連のリスクを低減する上で求められる措置は、核兵器が――いつでも――使用できる準備体制を制限することであり、よって明確に核抑止論の根拠を崩すものとなる。

7. 加えて、核抑止の描くシナリオがもし失敗に終わった場合、核兵器爆発の結末が及ぶ範囲や規模に対処できる能力は、国においても、また、国際レベルにおいても存在しないということが今や広く認識されている。人道イニシアティブによって導かれた結論や論点は、核兵器と核抑止によって安全が保障されるという、より狭い意味で安全保障をとらえる見方に対して、異議を申し立てている。核兵器に依存するより狭い意味での安全保障アプローチを継続していくことは、安心と安全に対する不確実な幻想に依拠している可能性があり、そのリスクはあまりにも高い、と強調している。

8. このように、人道イニシアティブの議論が「安全保障面」を考慮に入れていないという主張は誤解を生むものである。むしろ、このイニシアティブは安全保障を議論の中心に据え、核兵器に依存する国々のより狭い意味での安全保障観に対し、重要な問題点を提起している。人道的視点は、核保有国が持つ核兵器の存在が自国や自国民の安全保障を脅かしうるという非核兵器国の正当な懸念を提起するだけではなく、核兵器依存国が主張する安全保障論がどこまで検証に耐えうるのかについて疑問を呈してきた。核保有国に住む人々がより安全であるということはなく、むしろ反対に、自国に対して核兵器が使用されるかもしれないという危険が高まるなかで生きることを余儀なくされているのだ。

9. 人道イニシアティブは、核兵器が人類に及ぼす結末や核兵器の継続的な存在によってすべての人類が被りうるリスクに着目している。核兵器使用の結末は国境を越えて世界規模で拡散し、核武装国、非核兵器国を問わず、人間の安全保障、健康状態、生存に影響を与えるものである。このように、すべてにとっての安全保障に対するリスクはあまりにも高い。人道イニシアティブの中核にあるのは、核兵器による安全保障とは何か、また、核兵器をめぐる議論や核兵器のない世界の実現に向けた国際努力において、いったい誰の安全が焦点に据えられるべきか、等の問いである。

10. 国家の主たる機能は、その国民を守り、安全を提供することにある。「狭い意味での安全保障アプローチ」において国家の安全保障のみに焦点を当てることは、その国民の防護や安全はどうなるのかという疑問を呼ぶ。軍事的な論理が主導する世界のなかで、核兵器は報復攻撃を誘発するものである。ある国において核兵器が存在することはその国の人々の防護や安全を強化するのではなく、反対にそれを低下させるものである。このように、「狭い意味での安全保障アプローチ」は人道アプローチと矛盾するものではない。むしろ、それは人道面での検討を促し、人道アプローチの妥当性を補強するものである。

(暫定訳:長崎大学核兵器廃絶研究センター(RECNA))

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